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銀行救う暇があるなら家計を救え──『ハウス・オブ・デット』

ハウス・オブ・デット

ハウス・オブ・デット

  • 作者: アティフ・ミアン,アミール・サフィ,岩本千晴
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2015/10/30
  • メディア: 単行本
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一瞬ゾンビ物かな? と思ったが原題 HOUSE OF DEBTの、経済書である。

本書の主張は中心部分については単純明快で、それは要するに『景気後退の前に家計債務の急激な上昇と家計支出の下落がある。』ということだ。物が売れなくなり、企業はリストラなどの支出削減につとめあげそれがまた物が売れなくなる要因になる──「不況」に対して、「家計債務が増えると、当然だけど支出しなくなるから、物は売れなくなるよね。そしたら、失業が増えてまわりまわって債権者も苦しむよね」ということを綿密にデータを組み上げて検証してみせる。

世界金融危機時も顕著であったが、この100年ぐらいに幾度も起こってきた景気後退の前には、家計債務の急激な上昇と、家計支出の下落がある。借金が増えたら支出は減るのは当たり前じゃねえか、と思うかもしれないし、まったくその通りだと思うのだが、こんな単純なことであっても景気後退時の他要因と明確に事象を切り分けて、実証的に証明するのはけっこう難しい。その上、考えてみるとなかなか奥が深い。

家計債務と支出に与える影響の詳しい内容

たとえば住宅バブルの崩壊によって最もダメージを受けたのはローンを組んで支払い能力が限界ギリギリの、純資産のほとんどが住宅資産であるというような債務者だ。住宅価格が全体で20%下落した場合、借り手にその負担は集中する一方で、貸主側である預金者は通常債務は少なく、優先請求権を持つが故に影響を受けにくい。

住宅バブル崩壊をめぐるこのような状況を本書では『膨大な額の損失を、最も持たざる者に、まさしく押し付けたのである。』といっている。債務が増えて返済が困難になると当然だが消費は落ち込む。2008年に関して言えば、リーマン・ショック──つまりは銀行が破綻したことによって消費が落ち込んだのだろうという見方もあるだろうが、実際にはそれより前から継続的に消費は減少し続けており、最初の「家計債務の上昇が不況に連動する」という主張に繋がるのだ。

もちろん、慎重にデータは集められている。住宅資産の下落には地域によって数パーセントしか落ちなかった場所から、50%近く下落した場所もあり、その下落値ごとに支出の増減をデータにとったり(相関がある)。本書は第一部にてこの理論の説得力を補強し、他説*1への反証をあげていき、第二部ではなぜバブルが起こるのか、バブルと債務の関係性について論じていく。第二部は特筆するようなことはあまりない

どうしたらええねん

第三部「悪循環を断ち切る方法」はそのまんま、「どうしたらええねん篇」である。たとえば、「銀行が危機の時、それを救う意味はあるのか」と問いかけてみせる。上記の例で考えてみれば、家計が債務に圧迫され消費が落ち込んでしまうのだから、銀行を凄い金で救うなら家計の債務を減らしてやったほうがいいのでは。もちろん、預金者の金が引き出せなくなったら消費以前に支払いシステムが死ぬし、それは困る。

だが、支払いシステムについては中央銀行によるセーフティネットが存在している。もし基本的には支払い能力のある銀行が取り付け騒ぎなどの事態に直面したら、一時的に中央銀行からの資金提供を受けることができる。支払不能であった場合には規制当局が介入し、銀行を管理する。このような仕組みは過去にも適切に運用された事があり、ようは「支払いシステムの維持」事態は既に可能な仕組みができている。

ここで問題となっているのは、「銀行の長期債権者や株主」までを保護する過度な支援である。たとえばセガかなんかが業績不振によって倒産の危機に至ったとしても、「政府の介入をして債権者や株主を守れ」とは誰も言わないだろう。能力がなくてそうなったのだから仕方がない、だが銀行についていえば「支払いシステム」は別としても、なぜか長期債権者や株主まで守ることになってしまった。

それが現実に2008年のアメリカで行われたことであり、本書ではこれについては「明確におかしいよね」という立場だ。実際はそういう考え(債権者や株主まで守らなければならない)に至る仮説も存在しており、事態はここで書いているよりも複雑なのだがそれについても反証が載せられている。

新しいリスクシェアシステム

銀行はどうあるべきか論とは別に、「家計債務が支出に影響をあたえるほど悪影響になること」が問題なのだとしたら、それ自体をなんとかすればいいのではという提言もなされる。そもそも払いきれない負担を背負わされた債務者は、新しい仕事で収入を得てもすぐに債権者にとられてしまうので失業状態を選択する、それならば元本を減免してやったほうがいい、その方が働くし、長期的には全体に対していい効果がある──。これは、当然全ての債務を減免しろ、と言っているわけではない。

本書で提案されている一つの方法は次のようなものだ。現状、住宅価格などが下がることによってその損失はそのまま債務者が背負っている(最初に決定された、払う額は変わらない)。これを、住宅価格が下がった場合に債務者と債権者で適切なバランスをとって配分するようにして、買った地域の住宅価格が30%下がれば月々の支払額も30%減免される(後に減った分請求されることもない)とするようなシステムだ。

住宅ローンではなく、学生ローンなどでも同様の仕組みは考えられるだろう。いざローンを受けても、卒業する時にバブルがはじけて仕事がなんにもない! なんて悲劇があれば、当人の責任とは無関係に「支払えない」事態に陥ってしまう。オーストラリアやイギリスでは、学生ローン返済に所得のうちの決まった割合のみを支払う、仕事が見つからない場合はローンの返済はなしという仕組みがあるが、これなんかは近い仕組みだよね。逆に好況であるならば、貸し手はもっと利益が得られてもいい。

僕はこの仕組みはなかなか面白いなと思った。個人のモチベーションに直結する仕組みで、確かにうまく機能しそうである。まだ不況と家計債務の関連性については詰めていく必要があると思うが、銀行や企業ではなく家計債務そのものへと目を向けて、負担の分配をはかるシステムを考える──将来有望なジャンルではなかろうか。

*1:深刻な景気後退は、自然災害やクーデーター。将来の経済成長への期待の変化によって引き起こされるとするファンダメンタルズ説。非合理的で気まぐれな考えによって経済は変動するというアニマルスピリット説。金融セクターが金を回す力がなくなったことで問題になるとする銀行融資説などなど