"中華風"とはつまるところ、実際に中国だったりアジアのどこかだったりを舞台にしているわけではないということだ。その代わりに、その世界観設定に中国や日本の文化が反映されており、十二頭の竜がおさめる"天竜の帝国"が舞台になっている。
英語圏の人間によって書かれた(著者のアリソン・グッドマンはオーストラリアのメルボルン生まれ)中華風のファンタジイって、実際問題読む前は若干不安だったが……。たとえば、"龍"と"dragon"は、確かに意味的には同一だが、なんかニュアンスというか、雰囲気というか、そういうのが違うのではなかろうかと僕は思うわけである。我らが臥龍先生がCrouching Dragonと説明されると「いや、うーん、まあそうだが……どうだろうか?」となんともいえない気持ちになってくるし。
ただ、本書では世界観設定は物語に違和感なく融け込んでおり安心して読める(中華的な設定と描写が根幹部分以外はそんなに多くないというのもある)。物語は男装し性別を偽っている少女を主人公として、ポンポンと致命的な危機に陥りながらも「特別な力」を手にすること、その制御方法を手に入れようとする王道の展開でリーダビリティは高い。エンターテイメント作品として総じてレベルの高い作品である。
世界観について
まず特徴的な世界観部分について紹介しておこう。十二頭の竜によって国がおさめられているとは書いたが、十二というのはそのまんま十二支になぞらえられている。それぞれの竜は十二年で一巡りする力の周期をあらわす天獣のひとつになぞらえられ、特別な能力を持つ人間と融合することによってこの世界にその力を発動させる。
で、国家運営は完全にこのドラゴン十二支システムの上に成り立っている。皇帝に次ぐ権力を持つのが、このドラゴン十二支の力を行使できる人々なのだ。颱風を移動させ、川の流れを変え、地震を沈めるほどの力があるというから、権力的な意味でもそうだがこの世界はほとんど竜によって保たれているようなものである。
自分自身を取り戻していく物語
主人公は、そのまんま竜に選ばれたイオンだ。ただし、男子しかなれないと言われている竜眼卿に女性ながらもその候補者の一人として見出され、その上「鏡の竜」と呼ばれる500年以上その姿を表していなかった特殊な竜に選ばれてしまう。なんで鏡の竜かといえば、十二支の中には竜もいるから、竜になぞらえる竜ってことなんだよね。最初世界観設定を読んだ時に「十二支に竜がいるし笑 竜になぞらえられる竜って」と笑っていたのだがきちんと設定として取り込まれているのが面白い。
物語の根本的なプロットは、イオンが「自分自身を取り戻していく物語」とでもいおうか。イオンは物語の開始時点から、様々なものを剥奪されてしまっている。男子にしか許されていない竜眼卿の候補者となるために、本来の名前であるイオナをイオンと偽り、性別を偽り、事故によって腰痛は変形してしまい行動に不自由が残っている。ご主人様に雇われており、そこを失職したらもはや行く場所もなく、言われるがまま竜眼卿を選ぶ困難な儀式へと挑まなくてはならない。
訓練生であった頃は危険もなかったが、500年も失われていた「鏡の竜」に選ばれ、重要な権力を与えられるようになるとより多くの人の目にさらされるようになって、身の危険は増す。しかも、竜との契約時に自分の名を偽ってしまったばっかりに、川の流れを変えるなどの特別な竜の力を一切使うことができなくなってしまう──。
竜眼卿や皇帝の間にある複雑な力関係の中にまで巻き込まれ、自分に力がないこと、実は女であることなど幾つもの重要要素を隠しながら(バレたら殺される)日々の生活を送る様は非常にスリリングである。彼女の周囲におり、少数ながらも護衛や世話係として味方になってくれる人々は宦官であったり、精神的には女性でありながらも身体は男性の女性であったりと性的に揺れ動いている人々が多い。
彼女自身、男装の女性で、しかもそれを長く続けてきたがゆえに自分の性的なアイデンティティが揺らぎかけている状況から物語ははじまっている。果たして、彼女は竜の力を真の意味で手に入れ、自分自身を取り戻すことはできるのか。ファンタジー国家を舞台にしているわけではあるが、男性優位的に支配された会社で、「女性であることを押し殺してでもトップまで上り詰めていこうとする」女性が、自由を獲得していく物語のようにも読める。
十二の数字や中華風ファンタジイということで「十二国記」シリーズを思い出す人もいるかもしれないが、まああまり共通性はないかな。二部作なので本作で完結していないのが怖いが(続きが出るのか的な意味で)、恐らく、出してくれるはずだ……。
追記。出るみたいです。よかった!
冬木糸一さんに『竜に選ばれし者イオン』評を書いていただきました! ありがとうございます!
安心してください、続刊は3月に出ますよ。(とにかく明るい梅田)
— umeda (@maniamariera) 2016, 1月 25