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監視国家を刑事が駆ける近未来サスペンス──『ドローンランド』

ドローンランド

ドローンランド

f:id:huyukiitoichi:20160128234237j:plain:h200:leftいやーこれは面白かった。監視社会物といっても、現代ではその社会情勢も反映してか多数の作品があり(監視社会×刑事物だと代表的なところだとPSYCHO-PASSとかもあるしね)それだけではもはや新味には欠けるところだ。

本書は明確に監視社会物としての新機軸を打ち出しているわけではないけれども、ドストレートに今の世界から地続きの、現実感ある描写や設定を積み上げ、事件の根幹に未来技術が組み込まれているという点で紛うことなきSFとしても成立している。サスペンスやミステリのできも非常に良く、後述するがケレン味まであるというなかなかにエンターテイメントとして洗練された作品だ。

著者のトム・ヒレンブラントはドイツ語圏の作家として、主にミステリのシリーズで知られていた作家だが今回が本邦初紹介となる。本書で2015年フリードリヒ・グラウザー賞のドイツ語長篇ミステリ小説部門で一位、同じく2015年にクルト・ラスヴィッツ賞のドイツ語長篇SF小説部門で一位をとってと高い評価を受けていることが翻訳のきっかけになったのかな。異なる二つの賞で一位をとるってのは実際凄い。

舞台とかあらすじとか

物語の舞台となるのは数十年先の近未来ヨーロッパ。塵芥ほどのダニ・ドローンやハチドリ・ドローンが世界中を飛び回り、ほとんど監視下に置かれていない場所はないほどの監視社会である。くまなくドローンが飛び回っており、タンスのようなところにまでダニ・ドローンが入り込むことによって超大量の情報が集まってくる。それを分析することで様々な行動予測が行われ犯罪捜査に役立てられている。

物語は主人公にしてユーロポーロの刑事であるヴェスターホイゼンが、頭を銃弾で吹き飛ばされた欧州議会議員の死体の調査をする場面からはじまるが、この調査の時点からこの行動予測はばりばり機能している。たとえば、分析を担当するスーパーコンピュータのテリーに性的嗜好に関することを質問すると次のように応えてくれる。

「ヴィットリオ・パッツィオの性的な傾向について公式な情報はありません。しかしながら、話し方、使用する言葉に隠された意味、音楽の好み、しばしば訪れる場所、その他のデータソースを分析すると、ホモセクシュアルの傾向がうかがわれると言えましょう」
「どのくらい?」
「確立は九十五・一パーセント。(……)」

行動予測だけではなく、普段の言動まで含めたデータが揃っているためこのような分析が可能になるのだ。ただスーパコンピュータはまだポンコツのため、刑事には通常アナリストがパートナにつく。かつて戦争でトラウマをおった悩めるおっさん(たぶんかっこいい)ヴェスターホイゼンに、30代前半の美女なアナリスト(一人称でそう証言される)がつくわけで、男女バディが自然と成立しているのも素晴らしい。

捜査にあたってもう一つ重要になってくる要素があって、それが「ミラーリング」と呼ばれる技術だ。常時様々な場所をドローンが飛び回り、記録しているのでそれを組み合わせることによって「過去の再現」や計算資源を食いまくるが「リアルタイムシュミレーション」が行えるのだ。これによって過去の事件現場を再現したり、あるいはビルの屋上にいながらにして一階をリアルタイムに歩きまわることができる。

そこまでできるんだったら殺人事件なんて一瞬で解決できるだろう。だが当然ながらヴィットリオ・パッツィオ殺人事件はそう簡単に解決しない。武器のシグネチャもたどれなければ、車などの履歴も容易には辿ることができない。射殺された時の情景も残っていない。イレギュラーな事態が続く中、EUの最上層部が捜査に介入していることまでわかってきて、欧州議会議員とはいえそこまで重要なポストではなかった男の死の背景に存在する巨大な陰謀が次第にあらわになっていく……。

ほとんどの人間の行動が記録され、予測されてしまう世界にあって、それに頼りきりになることの危険性を本書は物語的に組み込んでいる。たとえば、過去のデータが完璧に映像に残っていたとしても、それが改ざんされている可能性はいつまでも残っているだろう。完全に予測に頼りきりになっていると、自分で考えることをしなくなってしまい、いざそれが必要とされた時に思わぬ落とし穴にハマる可能性だってある。

ケレン味とかの部分

本書で描かれていく未来技術は、ミラーリングは珍しい概念のような気もするが、そんなに驚くようなものでもない。ただ、その描き方が多様かつ「あ、そんな使い方もありなんですか……」という使い方の部分では新しく、新鮮な気持ちにさせてくれる。たとえば、主人公が真相に近づく過程で、四人組の襲撃者に命を狙われるシーンがあるのだが、これがまあ行動予測を戦闘に完全に組み込んでいてまあ凄い。

まずメガネ型の情報端末スペックスに敵の武器のタイプと携行弾数が表示され、「敵と接触」と報告することで即座に救援要請が飛ぶ。だが当然間に合わない! 敵が接近してくるわずか10秒ほどの間にスーパーコンピュータは襲撃者の顔を照会し、それぞれの経歴を洗い出し『シグを持っている男は鉄の棒で右膝を打たれて痛めてから左足に頼って行動する傾向がある』といった行動予測データを算出する。

 およそ四秒目にテリーは予測を完成させ、それをわたしのスペックスの戦術ソフトウェアに伝達する。このソフトウェアは、わたしがどの順序で敵をやっつけるべきかを示してくれる。五秒目にわたしは咽喉マイクに指示して、肩のホルスターに入っているヘックラー&コッホを作動状態にした。ヘックラー&コッホは、わたしが自分で発射したいかどうか尋ねてきた。
 答えはイエス。この世のすべての時間はわたしのものだ。

絶体絶命のピンチなのにノリノリなヴェスターホイゼン=サンである。原文からしてそうなのか、訳がブレているのかはわからないが戦略ソフトウェアだったり戦術ソフトウェアだったり戦術コンピュータだったりしているので、用途ごとにこうしたソフトウェアを使い分けているのかもしれない。とにかくこの戦術ソフトウェアによって敵を最適解にしたがってぶちのめし続けていくシーンはケレン味があって面白い。

ある意味ではシャーロック・ホームズの類まれな計算能力から導き出される敵の行動シュミレーション能力のようなものともいえるか。他にも、リアルタイム・ミラーリングシステムを使った死角情報を把握した戦闘や、逆に自分が行動予測システムによって行動を予測されることをふせぐために、自分の足をわざと傷つけて自然と予測から外れるようにしたりと「行動予測システムがある世界ならではの戦闘・逃亡劇」が多数みられるので監視社会そっちのけのバトル物として楽しめたりもする。

おわりに

最後も綺麗にまとまっているが、続けようと思えば続けられる内容の上に、テーマ的にまだ先がある(AIは自分で解を出せない、だからこそ人間の刑事が必要なのだと語られるが、その状況が変わりつつあることもまた描かれる)のでぜひ続編が読みたいものである。とりあえず、最近読んだ中でオススメの監視社会物と聞かれたら本書を差し出すかなあ、というレベルの完成度だ(PSYCHO-PASSはとりあえず除いて)

それにしてもドイツ作家は先月に出たマルク・エルスべルグ『ゼロ』も2014年出版で監視社会やSNSの普及によって変化した様々な状況を描く小説だし、監視社会物が人気なんだろうか(続けて二冊読んだからそう思うだけかも)。ドイツに限定した話ではなく、ヨーロッパ全体で議論が活発になっている背景はあるんだろうな。

ゼロ (上) (角川文庫)

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ゼロ (下) (角川文庫)

ゼロ (下) (角川文庫)