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ロボット/電脳刑事物の近未来サスペンス──『ロックイン-統合捜査-』

ロックイン-統合捜査- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ロックイン-統合捜査- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

『レッドスーツ』や『アンドロイドの夢の羊』、《老人と宇宙》シリーズで知られるジョン・スコルジーの新刊である。新☆ハヤカワ・SF・シリーズにおけるジョン・スコルジー作品としては第一弾だった『レッドスーツ』は、ドラマを盛り上げるためにガスガス殺されていく脇役が自分が脇役であることを自覚したのちに生き残りをかけていくかなりの変化球な作品だっただけに、本作も「どんだけひねってるんだろう」と期待しながら読み始めたのだが、これがわりとストレートな作品だ。

それで良さが消えているというわけでもなく、設定、キャラクタ、セリフ回しとすべてがシンプルにおもしろく実に良い作品に仕上がっている。タイトルに「統合捜査」と書いてあることから察せられる通りに、本作は刑事もの(主人公はFBIだ)のSFだ。世界観設定的には「攻殻機動隊一歩手前(一歩踏み出した後?)」で、FBI捜査官が事件の捜査を進めていく過程でこの世界における技術的な負の部分に踏み込んでいく過程はストレートに描いた刑事物のおもしろさがある。

ロックインとは何か

書名にあたる「ロックイン」とは、この世界で突発的に発生したヘイデン症候群という病気から発生した事象にあたる。潜伏期間が長いばかりにウィルスが発見された時は既に広範囲に拡散したあとで、第一波だけで27億人以上が感染し、4億人以上が死亡しているという、全世界が混乱に陥るほどのはちゃめちゃなパンデミックだ。その上治療法は見つかっておらず現時点でも感染は発生し続けている。

この症候群に感染したものは、第一段階ではインフルエンザのような症状が発生し、第二段階では髄膜炎に似た脊髄の炎症、第三段階にまでいたると、身体の神経系が完全に麻痺することによって患者は身体を動かすことのできない"ロックイン"状態に陥る。これがそのまま、タイトルにあたる部分だ。それでは本書は感染症へと対抗する人類を描くパンデミックSF+刑事ものなのかといえばそうではなく、こうした感染症自体はSF設定を無理なく導入するためのへの入り口にあたる部分だ。

SF設定の部分

合衆国および同盟諸国はヘイデン研究推進法に3兆ドルの資金を投入。この架空の歴史を辿った世界では、ヘイデン症候群患者の頭に搭載する"埋込み型ニューラルネットワーク"や、"アゴラ"と呼ばれるヘイデン症候群患者用のオンライン空間、ロボティクス技術も併用され"ロックイン"状態にありながらも、自身の意識でもって操作できるロボット・通称スリープも存在しと「動けなくとも生活を送ることができるようになる」数々の技術革新が起こることになる。

スリープがあればベッドで寝たきりであったとしても、日常生活や仕事を行うことができる。ただし──そうした"ロックイン"状態にある人々にあまりにも金が投入され、優遇されている状況をみかねて助成金が大きく削減され、ヘイデン患者たちは驚き、慌てて金策に走ろうとしているのが物語開始時点での世界の状況だ。

この設定のおもしろいところは(設定としてそう特異なものではないとはいえ)「ロボットvs人間」という大きな断絶の対立になりそうなところが、「ロボット(中身は人間)vs人間」のように、小さな断絶の対立になっているところだ。健常人はスリープに入っている人たちへぎょっとしたり、否定的な見解を述べることが多いが、「動かしているのは人間」なのでそう反発は強いものではない。だからこそスリープが人と認められ、人間のように扱われる余地は残っている(主人公の望みでもある)。

一方で患者達の中には、精神はいつまでも物質世界に囚われているべきなのだろうかと疑義を唱える人々もいる。物質世界でせせこましいルールにとらわれるぐらいなら、アゴラが提供するメタファーとしての生活を謳歌してもいいじゃないかと。しかし"ロックイン"は病気の結果陥るものであって、こうした意見に賛同するかどうかも「物質世界でどれぐらい長い期間を過ごしたかどうか」に左右される部分がある。1歳ぐらいで"ロックイン"に陥ると、現実や肉体が違和感のように感じられるのだ。

ようは、物質世界にしろ精神世界にしろどちらにも傾き得る「中途半端」な世代を物語の中心に据えているので、「いったい歴史はどちらへ転んでいくのか」が今まさに決定されつつあるシーソーのようなスリリングさがある。

簡単なあらすじ

と、あらすじにほとんど触れてきていないが、この物語の主人公となるのは幼くしてヘイデン症候群にかかり、スリープを操るシェインだ。彼は親が金持ちで権力者であった為に息子のために研究費用を惜しまず投入し、結果的にシェインはヘイデン症候群患者としては広告塔のように扱われることになる。当然、金にも不自由していないのだが自立を求めてFBI捜査官として任務をスタートするところである。ええとこのおぼっちゃまらしく、非常に真面目だがそれなりに融通もきく男である。

相棒であるベテラン・ヴァン捜査官は"ロックイン"は免れ、スリープこそ使わないものの感染はした結果、脳が変質してしまった"統合者"の一人。この設定が作中できちんと説明されるのは後半なので、いちおう伏せておこう。凄腕の捜査官ながらもぶっきらぼうで、日夜バーで酒を飲みながら男を漁り、それなりに技術が発展したこの時代にあっても煙草をプカプカ吸うなかなかのヤサグレものだ。

野球で言えばバッテリー、ボクシングで言えば選手とセコンド、探偵と助手──僕はこういうバディ物が大好物なんだけど、どちらか一人が欠けても成り立たない関係はそれだけで魅力的だ。同時にこうした刑事物(に限らないけど)では、「相手に隠されたエピソード(トラウマ)を次第に聞き出し、仲を深めていく」のがぐっとくる。本書はそういうバディ物のぐっとくるポイントをきちんと抑えてくるのだ。

「そいつが命取りになるって知ってますか? 喫煙ですよ。もうだれも吸わなくなったのには理由があるんです」
「わたしが吸うのには理由があるの」
「へえ? どんな理由です?」
「ふたりの関係に少しは謎を残しておいてもいいんじゃない」
「仰せのままに」

『PSYCHO-PASS』のアニメ版とかもそうだけど、やはりこういう時に出てくるベテランの捜査員は何かしらのトラウマを隠しもっているものだ。最初は明かしてもらえないが、バディを組んで一緒に事件で大変な目にあっていくうちに「もうそろそろいいか……実はこんなことがあってな」的に明かしてもらえるのがいいわけよ。

あらすじに話を戻すと、シェイン君がFBI捜査官として赴任した矢先に、喉を切られ明らかに殺されている男とそこになぜか居合わせた怪しい"統合者"の男をめぐる事件を担当することになる。果たして本当にこの明らかに怪しい男は犯人なのか、はたまた犯人でないとしたらなぜそんな状況に陥ったのか──それを追求していくミステリ的な過程は、この未来世界ならではの技術的な側面と深く関わっており、SFとミステリのおもしろさを卓越したレベルで両立している。

ほかにおもしろいとこ

身体を遠隔操作できるからこその描写、操作方法も面白い。たとえば移動に何日もかかりそうな場所でも、シェイン君であれば接続を切り替えれば即座に赴くことができる。目の前で騒動に巻き込まれて、「あっちもヤバイかもしれない!」と別の場所にある身体に乗り換えてそっちでも騒動に首を突っ込んでくなど、複数の場所におこる事件に一人称主人公を介入させられるので小説的になかなか便利な設定だ。

電脳空間の設定や、遠隔操作ロボットであるが故のハッキングへの脆弱性(もしくは、必然的に想定されるハッキングへどのように対処するのか)という理屈付けの部分まできちんと創りこまれており攻殻機動隊好きとかにもオススメできる。SF的にはこういう部分をこそ推すべきかもしれないが、ミステリ方面のおもしろさを削ぎかねんので紹介するにはなかなか難しい部分だ。まあでも、おもしろいよ。