- 作者: フランクハーバート,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/01/22
- メディア: 文庫
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読む前は作品内容について何も知らなかったが、長年「ローカス」で行われているほぼ12年ごとに行われる読者のオールタイム・ベスト投票で1位を取り続けている事(1975年〜2012年まで不動)などから時代に左右されない傑作なのだろうとの期待はあった。実際1965年刊行でありながら本作は今読んでも古びておらず、今後数十年の時の経過に余裕で耐えられるだろう奥行きと強度を感じる凄まじい作品である。
生態学SFとコピーがつけられることもあるようだが、とてもそんな枠におさまるような作品ではない。銀河帝国辺境の惑星アラキスを舞台にしながらも、そこでとり行われている政治はしきたりや名を重んじる貴族たちの世界。言葉の選択を間違えれば死にかねないような陰謀渦巻く世界で二重三重に意味をもたせた会話劇が繰り広げられ、巨大な砂虫が存在する砂の惑星の描写はその脅威までふくめてワクワクとさせる。未来を見通す力、他人の行動へと干渉する言葉など超能力じみた能力者が当然のように存在し、語られる言葉はまるですべてが詩のように美しい。
惑星や生態系をまるごと変質させんとするスケールの大きな科学事業も同時進行しながら、各章の冒頭には本作の舞台の未来において書かれる書籍からの引用が行われ、主人公自身が未来視の能力者として覚醒することも相まって、語られる現在だけでなく無数のありえたかもしれない未来までを内包した一大叙事詩となっている。以下紹介を続けるが、結論から言えば傑作なのである。
簡単にあらすじ
この世界の文明は3極に分離しており、一つは皇帝家、もう一つは皇帝家に匹敵する大領家の合議機関。最後の一つは、この両者の間にあって星間貿易を独占している航宙ギルド。身分制が復活しており、複雑な封建的公益文化が蔓延しと、先に書いたように随分古臭い世界だ。発表当時から古臭いので時を経ても古くなることがない。
物語は筋だけ追うと非常に単純というか、王道といっていい。中心人物であるポールの父親、レト・アトレイデス公爵は能力と人望を危険視され皇帝らの策によって辺境惑星アラキス(砂の惑星)へと実質的な島流しにあい、最終的にはその生命を奪われてしまう。ポールは母親であるジェシカと共に、なんとか脱出を成功させる。
脱出を成功させたタイミングで未来視の能力を覚醒したポールはその後、砂漠に棲む自由民フレメンと遭遇する。フレメンらと生活を共にし、その文化に馴染み、集団内で自分たちの影響力を高めていく過程で、惑星アラキスおよび人間社会における自分なりの道を模索していくことになる。和解か、復讐か、第三の道か──。
メタフィクション/未来視の物語
わりとプロット自体は王道、単純だが宗教、予言、砂の惑星ならではの文化、惑星環境学と多くの題材が扱われながら、全てが作品に奥行きを与えていく。特に、未来視の能力を覚醒してからのポールは自分が行動を起こした結果が何パターンも見えてしまうがゆえに、自分で自分なりの物語を紡ぐストーリーメーカーのような立ち振舞をするようになるとメタ・フィクションじみた面白さも獲得していくことになる。
そのあいだも、ポールの精神は冷徹に、かつ正確に働いており、環境の過酷なこの惑星で行く手に延びてゆく、いくすじもの可能性の大路を見わたしていた。夢という安全弁すらもないままに、予知を司る意識に集中する。もっとも実現可能性の高い未来を絞りこむ作業は、純然たる演算のようでいて、それ以上のなにかであり、神秘的な側面をうかがわせるものだった。精神が時なき層にひたりこみ、未来からの風を試験的に味わっている──そう形容すればいいだろうか。
作中何度もポールが未来視を行う場面が描写されるが、そのどもれがまったく異なっており、同時にお見事という他ない洗練された表現になっている。『そこに見えるのは、はるか遠い過去からはるか遠い未来にかけての──もっとも実現性の高いことからもっとも低いものへといたる──可能性のスペクトルだった。ありとあらゆる形で自分が死ぬ場面を見た。おびただしい数の新しい惑星を、新しい文化を見た。』
ポールはこの能力によって事実上あらゆる未来と過去を「体験」している。だから、父の仇と和解する道もあるし、あるいはそれを選ばなかったときに暴力の荒れ狂い死者が大勢出る修羅の道もある。現実に進展する前から彼にはそうした痛みが、苦しみが経験されてしまうがために単純に選ぶことはできないし、本来であれば敵であるはずの皇帝らに対しても極度に達観した態度をみせることができるようになる。
この者たちはみな、種族的な妄執にとらわれているにすぎない。長年のあいだに散逸した遺伝的な資産を糾合し、多数の血統を混ぜあわせ、撹拌し、融合させて、新たなる巨大な遺伝子プールを醸成しようとしているにすぎない。
親を罠にハメられて殺されて、自分自身も危なく死にかけ砂漠を放浪しなければならないという時にこの境地に到れるのはすごい──と同時に、ここでぐっと物語の枠組みが広がるんだよね。普通だったら「復讐譚」となるところが本作の場合は数千年の時の流れの果てを見つめて最善の策を模索する「奥行き」を獲得するのだから。
SFと神秘的な要素の融合
僕が本作を読んでいて本当にすごい/おもしろいなと思ったのは、SFとファンタジイ──神秘的な要素がシームレスに融合していて、時に科学的な語られ方がするかと思ったらその領域を突き詰めていくと神秘的な領域に接続されていたりするところだ。それらは渾然一体となって混ざり合っていて違和感を感じさせない。
先の引用部でいえば、『もっとも実現可能性の高い未来を絞りこむ作業は、純然たる演算のようでいて、それ以上のなにかであり、神秘的な側面をうかがわせるものだった。』のあたりか。未来視は演算能力の結果のように表現され、しかし同時に神秘的なものでもあるように語られる。これは単に偶然成功したとかそういうもんでもなくて、科学的な言葉と神秘的な現象の間に存在している溝を、無尽蔵に投入されるこの世界ならではの固有名詞が埋めているのだ。
砂の惑星ならではの文化
ポールとジェシカは命からがら逃げ延びたあと、砂漠に住む自由民フレメンと生活を共にすることになるのだが、この人々の価値観もまた砂漠の惑星ならではのものでおもしろい。たとえば、水があまりに貴重であるがゆえに、たとえ親しき者の死に直面した時でさえ涙を滅多に流さないのだ。『それは──涙は──影の世界への贈り物であるにちがいない。そして、涙はまぎれもなく、聖なるものにちがいない』
このフレメン達は、組織としての地位が決闘によって決まっており、負けた方は必ず殺されなければならないなど旧時代的な風習も残っている蛮族なのだが、彼らの目的としているところは何世代にもわたってこの砂の惑星の地表それ自体を変革することである。この辺も複数の面が違和感なく融合している例といえるだろう。
「地表を変えることだ……ゆっくりと、しかし着実に……人が生きていくのに適したものに。われらの世代が変化した大地を見ることはない。われらの子らも、われらの子らの子らも、その子らの孫たちもみな……しかし、いずれきっと、そのときはくる」
おわりに
ポールはその未来視の能力によって、フレメンらはただ自分たちの子孫たちへと思いを馳せることによって*1、「いま・ここ」から遠くはなれた無数の可能性を捉え、物語に取り込んでいく。『おれは無数の時間線が交錯する時の劇場だ』とはポール自身の言葉だが、それはまるで本作そのものの在り方のようだ。
自分自身の死をみてしまうなど未来視能力者系ではお決まりのパターンも踏みながら、数ある未来の中から自分なりの幸福と社会の在り方を目指し、現実を選び取っていく彼の姿は、王道の成長/冒険譚として多くの人間が楽しむことができるだろう。
ちなみに続編があるが、本作で区切りはついている。続きも新訳されないかなあ。
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*1:他にもいるがここでは伏せる