
- 作者: 多崎礼,中田春彌
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/05/24
- メディア: 文庫
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いわゆる剣と魔法の世界ではないファンタジ、あるいは分類しづらいSF的な作品で、どう紹介したもんかなと思っていたのだが早川書房のページを見ていたら「吸血鬼×スチームパンク×探偵譚」と見出しがつけられている。「あ、吸血鬼とスチームパンクってことでいいのね」と本記事ではこれをそのまんまパクらせてもらった。
世界観について 吸血鬼×スチームパンク
表紙デザインが抜群にかっこいい本作(『マルドゥック・スクランブル』のボイルドみたい)だが、中身もこの落ち着いた雰囲気の特異な世界観で展開する。プロット上の進展は「1」とついているようにまだまだ物語が始まったばかりという感じだが、この世界観がとてもいいのでまずはそこからご説明しよう。
物語の舞台は都市国家ライコスという場所で、これがなんと基本的には「地下」にある。一部の宮殿が地上に露出しており、以後上から順番に概ねこの世界の階級順に住む場所が決まっている。一番えらい尊族は上層に、平民は中層に、貧民は下層に──という具合に。とはいえ一応最下層まで太陽の光はとどいているもよう。
主人公のロイス・リロイスは表紙のイカスおっさんだ。最下層に住む「探索業者」として仕事をしているが、彼が探す対象は人であれ動物であれ、基本的には「血」に関連するものである。というのもこのライコスでは血統が重んじられており、それは象徴的なものでもなんでもなく、単純に血が強い奴は能力やら権力やらの全てにおいて価値のある存在となるからだ。生まれながらの絶対的上位者といえよう。
この「血」には明確にランクが付けられている。血中明度は「能力の強度」をあらわし、血中彩度は「能力の持続性」をあらわし、血中色相によっては「能力の種類」が規定されている。たとえば色相Rだと効果は「肉体強化」、色相Bは「精神感応」、色相Gは「属性分析」という感じ。能力の強度は若干わかりづらいかもしれないが、ランク9のやつに精神感応をやられたらランク8とか7では対抗できない──みたいなイメージでいいだろう。生まれた瞬間に得意分野から住む場所まで決定されているわけで、「人生は血によって規定されている」のがこの世界の絶対的な原則である。
リロイスは煌族の一人にして明度Ⅹである「奇跡の血」を有するルーク少年の捜査を依頼される。上層の離宮で生活していたにも関わらず、突如としてその姿を消してしまったのだ。明度Ⅹは今のところ最強のランクだが、リロイスも血中明度Ⅸを誇り、色相はマゼンタと呼ばれる「R+B」が混ざった希少種であり単純に「強い」。本来なら下層にいる人間ではないものの、さまざまな事情から現状を受け入れており、探索を通してこの世界の背景と、彼の暗い過去が明らかになっていく──。
他にも地下階層に満ちた霧だったり、血製石炭と呼ばれる燃料を用いた蒸気炉や蒸気列車といった要素が織り成す「鋼鉄都市」だったり、主人公は渋いおっさんで、相棒も天真爛漫なショタだったり謎めいた美男子だったりで、とキャラクタから世界観まで含めて全力で「統一的な世界観を創りあげようとしている」のが素晴らしいのだ。
というのがざっくりとした導入だが、レトロというかアンティークというか、いわゆる「吸血鬼ものらしい渋さ」のある世界観であることは伝わっただろうか。
吸血鬼
おもしろいのが、この人たちって明らかに、いわゆる吸血鬼なのだけど、吸血鬼という単語が作中では(一回も出てきてないと思うけど、ひょっとしたら出ていたかもしれない。曖昧ですまん)出てこないんだよね。まあそれも当たり前というか、「それが当たり前の世界」だと特別な言葉で呼称する必要なんかないのであろう。
ただ、それだけですませてしまっていいのかというと謎が隠されていそうでもある。舞台となっている都市国家ライコスは一部が地上に露出した、「地下都市」であることは最初に書いた。それならば地上はどうなっているのかといえば、「人が生きるには適さない」過酷な土地になっているのだ。なぜそうなってしまったのか? 最初からそうだったのか? といえば、これが現時点ではよくわからない。
わかっていることとしては、かつてこの世界は「旧支配者達」と呼ばれるもの達が牛耳っていたようだが、500年前の革命によってその時のテクノロジーは失われてしまっている(遺産を利用することはできても、再現はできない)。国家はライコス以外にいくつも存在しており、時折「全面戦争」が行われているようであるなどなど。
本書は「2巻に続く!」といって終わっているので、この世界の来歴や外の世界のより具体的な姿、都市国家ライコスの他にも存在している他の国家がどうなっているのか(ライコスのように血の支配する国ばかりなのか、まったく違うのか)など、気になる部分はまだ明らかになっていない。だけど1巻の時点で明かされていく情報がどれもワクワクさせられるものばかりなので、かなり期待が高まっているところである。
おわりに
調血師によって調合された血を飲むことで特定の能力が強化されたり、個々の血中特性を使った銃撃戦/殺し合いなんかは能力バトル的なおもしろさがあるし、今後よりド派手な展開になっていくんだろうか──とはいえ、「探偵譚」としてもチャンドラー作品的な雰囲気があるのでどっちも捨てがたいところである。