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巨大人型アーマーを用いた宇宙空間チームバトル──『ストライクフォール』

ストライクフォール (ガガガ文庫 は 5-1)

ストライクフォール (ガガガ文庫 は 5-1)

2014年に出た『My Humanity』で日本SF大賞を受賞した長谷敏司さんの2年ぶりの新刊となる。まずそれ自体が待ってました!! という感じでめでたいわけだが、ガガガ文庫からというのは意外であった。もともとスニーカー大賞で金賞を受賞してデビューしているのだから何もおかしくはないのだが、受賞後第一作は早川から何か出すものだと思っていたから。とはいえ作品はジャンル的にはSFである。

ゴリゴリのジャンルSFといった感じではないが、宇宙を舞台にした速度と軌道のスポーツであるロボット・バトル「ストライクフォール」を小説ならではの緻密さで描いている。さらに1巻の時点ではあまり前景化することはないが進行している世界の背景──宇宙大戦、各国の陰謀、技術背景──などなど深掘りしていくと無数に仕込んで有りそうで(何しろ『円環少女』の長谷敏司なのだ)、いやー本当におもしろい一冊だ。切実に三ヶ月に一冊ぐらい出してほしい。

簡単に世界背景など

そもそもロボット・バトル? と疑問に思うかもしれないので、まずは簡単な世界観説明を。この世界では《宇宙の王》を名乗る異邦人が万能の泥をもたらし、人類はそれを加工することで人工重力や強力なエネルギー遮蔽技術といった、原理を理解できない超技術を手に入れている。泥が宇宙空間から採取されたことから人類は宇宙へと進出し、度が過ぎた力は人類間に初の宇宙戦争を引き起こす──。

物語が展開するのは、そうした宇宙戦争がいったん和平に向かい、代替手段として「擬似戦争としての競技」が生まれた時代だ。その競技がロボット(作中ではアーマー表記)を使った「ストライクフォール」である。身長は大体6メートル、操縦方法は搭乗者の中枢神経の信号を読み取って、第二の肉体として機能させるスタイルだ。

15人でチームを組んで、リーダー機を破壊したほうが勝ちというシンプルなルールの競技ではあるが、銃も剣もレーザーも、あらゆる武器の使用が許可されている*1ので実質的な戦争である。何より特徴的なのは(まあ、全てが特徴的なのだが)これが宇宙で始まった競技なので、試合は広大な三次元空間で行われること。地球でのストライクフォールであれば重力の影響下で超高機動戦闘が行われる。物を言うのはお互いの相対速度であり、軌道の在り処──戦闘描写は見事の一言だ。

 だが、頭上をとった雄星には、英俊にはとれないオプションがとれる。
 重力と大気摩擦による減速で、ついに上昇が止まった。そして、雲中で自由落下がはじまる。
 雄星は覚悟を決める。両腕を広げて、落ちながら風を体に受けた。地球の大気を抱くように、練習機の巨人の体で受け止める。雄星の体が空を滑る。一トンの練習用アーマーが、それでもスカイダイビングのように予測位置を目指して落下してゆくのだ。重力が彼を導く。

ロボバトル版タッチ

主人公の鷹森雄星はこのストライクフォールでプロを目指す17歳だが、その弟である鷹森英俊は既にその実力を評価されプロの一軍入りが決定、間近にデビュー戦を控えたいわば「天才」である。雄星自身も高い/独特の能力を持っているのだが、それを遥かに超える弟──とくれば「タッチ」やら、「宇宙兄弟」がすぐに思い浮かぶ。その上、この兄弟には幼なじみの美少女がおり、実質的な恋敵状態でもある──となれば「それタッチで見たよ」というほかないが、何しろロボ・バトルだからな。

今巻でメインになるのはそんな兄弟をめぐる物語だ。この二人は幼なじみをめぐる対立だけでなく、地球を脱出しその実力を認められつつある英俊が「重力を振り切ること」を目指し、雄星は地球に残り幼なじみの女の子や育ててくれた家族と共にいることに価値を感じ「重力にとらわれている」という価値観上の対立が最初存在している。その対立は戦術を含む物語の多くに反映されているのが構図としておもしろい。

スラスターの加速と全身運動を連動させて空中で行う武術を使う技を、雄星に教えたのは武藤コーチだった。それはストライクフォールで遅れをとる地球選手たちが、宇宙のライバルに勝つため編み出した未完の技術だ。地球文化が育んだ武術を、重力がなく地面を踏むことも蹴ることもできない宇宙空間で使うのだ。

宇宙にいると重力がないように感じるとはいえ、この世界のどこにいてもほぼ全てに重力は左右している。地球の重力を振りきっても太陽が、太陽を振りきっても銀河系の重力が待ち構えているがゆえに、我々は常にどこかへ向かって「落ち続け」ている。であればこそ、個々人に可能なのは「軌道を変更すること」「重力を振り切ることによって、また別の重力にとらわれること」だけでしかないのかもしれない──。

果たして兄は最終的にプロ入りし、優れた弟を超える、あるいは同じチームでプレイすることができるのか、そして幼なじみは二人のうちのどちらが好きなのか──という話に終始するかと思いきや、物語は後半で大きな転換を迎える。スピーディに展開をすっ飛ばしてきたな──と思わせる怒涛の進行で白熱の宇宙アクションへと繋がり、本書を半ばまで読んだら止まらず一気に読み終えることができるだろう。

おわりに

全何巻構成なのかはわからないが、1巻の段階ではほのめかし程度にしか明かされていない設定がずいぶん気になる。たとえば今の太陽系は《宇宙の王》が遺したとされる物体から速度を奪う巨大な球体に包み込まれており、太陽系から1.6光年から遠くには進出できないが、「その先には何があるのか」──という問いかけは、明かされると物語の前提が一変してしまいそうな底しれなさがある。

ストライクフォールは人死にが出ないよう配慮されているが、この間まで宇宙戦争をやっていた人類であるからその関係の展開も広そう(再度宇宙戦争が起こるぐらいのことはやりそう)。何にせよ、新シリーズの幕開けとしては文句ないおもしろさ。

My Humanity (ハヤカワ文庫JA)

My Humanity (ハヤカワ文庫JA)

*1:大規模なダメージが発生すると衝撃吸収が行われるが、わりと死人も出る