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2015年のSF短篇、めっちゃレベル高い──『アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選)』

アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

本書は東京創元社にて出されている《年刊日本SF傑作選》の第9集である。毎年読んでいるが、今回は100年に一度の出来なのではというぐらいにレベルが高い(ボジョレーかよ)。というか、贔屓でも何でもなく毎年レベルが上がっている気がする。

短篇の主要な発表媒体の一つであるSFマガジンが隔月刊化し、短篇発表の機会が少なくとも紙媒体としては減っていることもあって年刊傑作選がどうなるか心配ではあったのだけど、同人誌からの収録もあればツイッタなどのWeb媒体からの収録もありで、むしろ採録先が増えたことによって(と安直に結論づけるのもあれだけれども)作品の多様性が増しているようにも思う。100年に一度はまあ冗談にしても、いろんな作品が楽しめるという意味ではこれまでで一番といっていいだろう。*1

本書収録の短篇は、小説17篇に漫画2篇、第7回創元SF短篇受賞作1本を加えて合計20篇。実に600ページを超える分厚い一冊であるが、独立した短篇群なので週刊誌を読むみたいにして気になる作家の短篇をいくつか読む感じでもいいだろう。ついでに知らない作家の短篇でも読んでみると、そのクォリティと幅の広さに驚くはず。

20作の著者と短篇タイトルは下記の通り。

「ヴァンテアン」藤井太洋,「小ねずみと童貞と復活した女」高野史緒,「製造人間は頭が固い」,上遠野浩平 「法則」宮内悠介,「無人の船で発見された手記」坂永雄一,「聖なる自動販売機の冒険」森見登美彦,「ラクーンドッグ・フリート」速水螺旋人,「La Poesie sauvage」飛浩隆,「神々のビリヤード」高井信,「<ゲンジの物語>の作者、<マツダイラ・サダノブ>」円城塔,「インタビュウ」野崎まど,「なめらかな世界と、その敵」伴名練,「となりのヴィーナス」ユエミチタカ,「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」林譲治,「橡」酉島伝法,「たゆたいライトニング」梶尾真治,「ほぼ百字小説」北野勇作,「言葉は要らない」菅浩江,「アステロイド・ツリーの彼方へ」上田早夕里,「吉田同名」石川宗生

全体をざっくりと見渡す

全体を見渡していこう。藤井太洋「ヴァンテアン」と宮内悠介「法則」はどちらも〈小説トリッパー〉創刊20週年を記念して、同誌に"20"をテーマとして書かれた作品。「法則」はヴァン・ダインの二十の法則が、現実に履行されてしまっている奇妙でメタ的な世界を真面目に描き、「ヴァンテアン」はDNAでつくれるアミノ酸をジニ的に1つ増やすことによって超高性能なバイオコンピュータが発明され、その既存のコンピュータとはレベルの違う性能が世界を一変させていく様が爽快である。

現代詩手帖のSF×詩特集で寄稿されたSF作家らの短篇からは酉島伝法「橡」と飛浩隆「La Poesie sauvage」の二作が収録。特に後者は、詩が作られ、読者に読まれていく「運動」そのものを構造物として描き出した圧巻の短篇で本書の中でも特に好みの一作。飛浩隆さんはそろそろ次の短篇集も……まだ出ないか。

漫画では速水螺旋人「ラクーンドッグ・フリート」が素晴らしい。ヴェガと呼ばれる人類の敵みたいなのと戦っているのだが、対抗手段は科学技術に加えて魔女や妖精やタヌキ(タヌキは変身して武装船になる)。宇宙を背景に、胡散臭いファンタジックなやつらが顔を揃えている絵面がまずおもしろい。この短篇でメインとなるのはタヌキだが、敵の作戦に引っかかって地球が絶体絶命の危機に陥った時のタヌキによるウルトラCの解決法は、絵的に「うわーーーこれはすげーー」と驚かせてくれた。

同人誌〈稀刊 奇想マガジン準備号〉からは坂永雄一「無人の船で発見された手記」と伴名錬「なめらかな世界と、その敵」が収録されている。

どちらも良いが後者は世界観のアイディアからしてぐっときた。この世界では並行世界が無数に認識でき、人々は「外は雨が降ってるけど濡れたくないなあ」と思ったら、雨が降ってない現実へいこっと、と「自分にとっての理想郷」に移動できるのだ。本作は、「そんな設定があったらあれもこれもできるのでは」というワクワクを丁寧に掬い上げていってくれた。これ、難しいかもだけど長篇で読みたいなあ。

ただ、似た設定の『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』という二作の長篇が最近早川から出ている。こっちも違った雰囲気でおもしろい。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
野崎まど「インタビュウ」はクレイジな一作。電撃文庫の『野崎まど劇場(笑)』収録短篇だが、最初はSFマガジンで没になったもの。野崎まどさんへのメール(?)インタビューをしたら、質問への返答ではなくインタビュア(香月祥宏さん)と野崎まどさんが未開の惑星に冒険するSF作品が返ってきて没になったらしいが、作品本体がバカバカしくて笑える上に「もしそんなもんを受け取る編集者/インタビュアの立場になったら困るだろうな……」と現実に存在したはずの困難を想像して二度笑える。

表題作にとられている上田早夕里「アステロイド・ツリーの彼方へ」は無人探査機SFの中でもかなり新しい状況をみせてくれる。宇宙探査などの無人探査機に人工知能/知性を仕込む──というSFは近年でも『みずは無間』などがあるけれど、本作では無人探査機に仕込む予定の人工知性を地球で教育(?)していく過程が丹念に描かれる。人間の知性は身体性と密接にリンクしており、近年その両者は区分可能なのか、はたまた不可分なのかという議論があるけれど本作はその観点からも魅せてくれる。

最後に第7回創元SF短編受賞作である石川宗生「吉田同名」は、吉田大輔という人物が突然19329人に増えてしまったら──という無茶苦茶な状況になった時、彼らは社会的にどのような立場に置かれるのかを描いていく短篇。ドキュメンタリー調で彼がどうしてそのような事態に陥り、彼らの一人一人が何を考えており、今どのような状況に置かれているのかを精密に描いていく描写それ事態がおもしろい。

ただ、ラストは「もっと行き着くところまで描いて欲しかったな」と思ってしまって個人的にはちと物足りない。似たアイディアの長篇で大森さんも引き合いに出している矢部嵩『〔少女庭国〕』という傑作のインパクトがあまりに大きいのもあるかな。

おわりに

とまあざっとではあるが僕が特に気に入ったものをメインにピックアップして紹介してみた。これ以外も円城塔作品はもちろん入っているし、梶尾真治さんのエマノンシリーズ短篇、森見登美彦さんの自動販売機短篇など振れ幅がすさまじいので、日本SF短篇の最前線をぜひ読んで確かめてみてもらいたい。

*1:実際、収録数は過去最多であるという