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精読とは異なる文学読解──『遠読――〈世界文学システム〉への挑戦』

遠読――〈世界文学システム〉への挑戦

遠読――〈世界文学システム〉への挑戦

遠読とは聞いたことのない言葉だが、原題は「Distant Reading」である。一冊の本を丹念に読み通す「精読」とは異なり、何千冊もの書籍のタイトルから見えてくる時代ごとの傾向をさぐったり、人物間の関係性をネットワーク図として描き出し、アイディアが後の作品へとどのように受け継がれ/枝分かれしていくのかを分析し──と「一冊の本から距離をとって分析する」ことから遠読の概念がきているようだ。

遠読──繰り返させてもらうなら、そこでは距離こそが知識をえる条件なのだ。それさえあれば、テクストよりずっと小さく、ずっと大きい単位に焦点を合わせることができるようになる。技巧、テーマ、文彩──あるいはジャンルやシステムについて。

近年グーグル・ブックスにて電子化された膨大な電子書籍データ(数百年分の書籍データが検索で簡単に単語の出現頻度分析ができる)を用いて歴史上の変化を定量的に示したりする研究手法「カルチャロミクス」が話題である。本書にもその方面での文学研究の目がさめるような成果を期待していたのだが、「まだその程度のことしかできていないのかぁ」と読み終えてみればちと期待はずれな面もある。とはいえ成果は成果であり、なかなかおもしろいことをやっているなというところか。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
著者のフランコ・モレッティはイタリア生まれで現在スタンフォード大学教授。アメリカを代表する批評家の一人といわれている。本書はモレッティが90年代から2010年代にかけて発表してきた論文10篇を収録しているが、内容は基本的に「遠読」に関するもので統制がとれている。前半部は世界文学を分析しようとする時に「なぜ遠読的読み方が必要なのか」とモレッティが考えるにいたる過程、それを世に問うた後に寄せられた批判への応答がメインである。

時代によるタイトル語数の減少

で、実際後半部(と一部は前半部)でモレッティが何をやっているのかだが、いろいろやっている。たとえば先に触れたが、7000タイトル(1740年から1850年の英国小説)の分析である。なぜタイトルなのかといえば、便利なタイトルリストがあって簡単に集められたからというらしい。正直、グーグルブックスの分析がすでに行われている現状、そんなことやるのか*1と最初に思ったが分析は分析である。

面白いのが、年代ごとのタイトルの語数に明確な変化があるところである。そこに存在する変化は端的にいえば「2世紀かけて、タイトルは短くなった」ということだ。最初の4半世紀には中央値は10語と20語のあいだで揺れていたのが、その後6語にまで減って、19世紀半ばまでこの傾向が続いていく。これはなぜなのだろうか?

その理由について本書では、同時期に出版された英国小説の刊行数が、タイトルの語数減少と相関するように増加していることとあわせて、『タイトルは内容について詳細に説明する仕事から「解放」されたのだ。』と説明をしている。書評も出るようになったし、本の紹介される場が増えることで、諸機能の分業化が進んで「タイトルに内容紹介の要素は必要とされなくなった」ということなのだろう。

その後「では、短いタイトルは何百ページもの内容を表現できるのか? 可能だとしたら、それは何を意味するのか?」と問いかけを続け、「短いく内容を表現するために用いられた手法」を形容詞と固有名詞などをタイトルの要素ごとに分解して比率を割り出し調査していく。どれもなかなか興味深い仮説だが、疑問も湧く

たとえば日本のライトノベル分野では現在タイトルが長いものが多いが、(長いものが時代を経るごとに(平均的に)増えていっているかどうかは下記の記事を参照すると一考の余地がある)これをどう説明したら良いんだろうなということだったり。
blog.goo.ne.jp
「出版点数が多いほど短い期間を通して棚を奪い合うのだから、必然的にタイトルは内容を要約する方向へ向かうのではないか(書店で他と差別化できないため)」という仮説も出せるだろう。本屋数の増加やらなんやら他の無数に関係する要因を洗い出して比較検証しない限り、「市場が拡大するにつれて、タイトルは縮小する」という本書の仮説には、説得力はあんまりないなあとも思う。ただ、データの解釈は分かれるにしても、データ自体は確かなものであるから手法自体は使えるだろう。

他いろいろな分析

他にも進化論モデルを用いた探偵小説の分析や、『ハムレット』をメインに登場人物と登場人物間のやりとり以外を捨象したネットワーク図、それを用いたプロット分析など興味深い理論が多い。それらのモデルは主人公の内面やシェイクスピアの言葉に一切触れず、ハムレットは『十六の登場人物に対して一の距離であり、他は二の距離。ネットワークのすべての頂点に対する隔たりの平均値は一・四五である』と客観的なデータを挙げていくからこそ、複雑な対象を支える構造が見えるようになる。

関係性/人物間ネットワークが数値化/視覚化されたからなんなんだと思うかもしれないが、たとえばネットワークの中心に位置し複数のクラスターを結びつけている「ハムレット」自身をその図から取り除いたらどうなるのかという実験が容易く行えるようになる。その結果クラスタはどう分裂するのか、ハムレット以外で「クラスタ間を結びつける役目を担っている重要人物は誰なのか」が明確な形で明らかになる。

おわりに

まだまだ始まったばかりの分野と試作であり、最初に書いたように目覚ましいほどの成果というわけではないが、それでも他に試みられている例を見ないだけにその結果は興味深いものである。今後、この分野の発展があるともっとおもしろくなるだろう。日本文学への視点など読んでいて「それはどうなんだ」と思うところもけっこうあったが、訳者あとがきで批判すべきところとして拾い上げられているのも好印象。

*1:本書の出版は2013年