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無情で凄惨なSF異能バトル──『筺底のエルピス』

筺底のエルピス (ガガガ文庫)

筺底のエルピス (ガガガ文庫)

著者のオキシタケヒコさんは第3回創元SF短編賞にて優秀賞を受賞した作家である。そのまま創元で何か出すのかと思いきや、最初の著書はこのガガガ文庫から出た《筺底のエルピス》シリーズ第一巻。その後早川から連作短篇集である『波の手紙が響くとき』を出し、とあちこちで活躍しているわけであるが、とりわけこの《筺底のエルピス》シリーズは凄いでっせ(巻数が出ているかわかりやすいともいえる)。

分類としてはSF異能バトルということになるのだろうが、これが主人公だといわんばかりに山盛りの設定/世界観が魅力的である。ワームホールに異星人文明、何もかもを切断する停時フィールドを数々の能力者が独自に発現させ使いこなしてみせる。倒すべき敵は日本では鬼と呼ばれ、物によっては5千万人以上の人間を死滅させる凶悪な存在であり、それを討伐すべき停時フィールド使いは世界中で3組織に分かれお互いに殺しあっていて──ともう世界はしっちゃかめっちゃかである。

ごった煮異能バトル

ワームホールだの異星人文明だのはSF的な意匠であるし、鬼だの死魔なんだのは和風異能バトルのおもむきがある。世界で戦う3組織はそれぞれ「日本側」「バチカン」「謎の組織」にわかれており、最後のやつは明かすわけにはいかないが意匠的にも思想的にも宗教からオカルト、陰謀論までなんでも取り込まれている。

世に異能バトル物は数あれど、本シリーズの特徴/魅力を挙げるならば、この何もかもをぶち込んで見事に統合した上で、「人類滅亡」レベルにまで物語をスケールアップさせ、その大きな渦、流れの中で敵も味方も含めたあらゆる登場人物がまるでゴミのように死滅していく無情で凄惨なところであろう。

その無情さを支えているのはほとんど一撃必殺の即死攻撃能力である停時フィールドという設定だ。これはそのまんま時間の停まったフィールドのことで、異性知性体からもたらされたこのテクノロジーによって幾人もの人間が独自の使い方を発現させている。これが能力バトルとしておもしろいのは、使い手によって大きさと形状、展開有効距離、遠隔固定機能、展開持続時間とそれぞれの項目について能力が異なること。その違いで、人によってまったく別の即死能力として発現することである。

たとえば物体が時間の動いている場と止まっている場で分かれた場合、原子同士は結びつきを失い結合は解かれる。そのため停時フィールド使いは事実上全員が「即死能力持ち」といえるのだ。刀の形に展開しなんでも切断できる能力者も居れば、3秒という限定がつくものの300メートル以内ならどこにでも展開できるスナイパーのような能力者も、自身の身体全体に張り巡らし即死アタックができるやつもいる。

誰もが即死兵器を持っている戦闘なので必然的に能力者同士の勝負は長引かず、どちらかの即死、場合によっては不意をつかれる/トラップにかけられる/射程外から攻撃されることで接敵したと認識する前に一撃で殺され幕を閉じることが多い。

筺底のエルピス 2 -夏の終わり- (ガガガ文庫)

筺底のエルピス 2 -夏の終わり- (ガガガ文庫)

2巻の表紙とかをみると「夏だ! 水着だ! ハーレムだ!」という感じであるが騙されてはいけない。これは一瞬物語にあらわれた青春のきらめきであって、儚い夢である。主要登場人物にとってもそうだし、人類にとっても「最後の夏」といえるような……。男子が女子高生二人と同居したり、好きだのなんだのというラブコメパートもあるが、すぐに腕が吹き飛んだり死んだりするので虚しいばかりである。

1巻以上の絶望が2巻では訪れ、それ以上の惨劇が3巻と、とりわけ4巻では繰り広げられる。4巻まで読んだ場合は「お前(オキシタケヒコ)は鬼かよお!?」と叫びたくなるような「ただ、人類が追いつめられる」以上に凄惨な状況が現出するので、ぜひ僕と共に地獄に付き合ってもらいたいもんである。

設定の原理原則

おもしろいのが設定の緻密さ──というよりかは、「そこまでやるんかい」とツッコミを入れたくなるほど、設定した世界観を「そういう設定であるならば、こんなこともできる」と深堀していくところにある。この点は全編を通して驚きっぱなしなのですべてを書くわけにはいかないが世界観の紹介がてら簡単に説明してみよう。

まず中心となっている「鬼」の設定だが、プログラムのような原理原則が仕組まれているのでルールがわかりやすい。第一に鬼は『自分が憑依する宿主の同族を駆逐する』という基本命令を持った、別次元から送り込まれた駆除プログラムのようなものだと推察される。人間に憑依した鬼は人間を駆逐するようになり、それだけならまだしも鬼は自身を殺した者に寄生するので殺せないようにみえる。

ただこれは基本命令をよく読めば解決できる。たとえば、「宿主を殺した者に宿る」のだから、宿主が自死すれば解決できる。討伐機関は基本的に鬼を殺した後薬物によっていったん自死し、その後蘇生されるという手順を踏む。しかし高レベルなものは因果を辿る力が強く(自死以前に無理矢理因果を見い出す)、この手段が使えない。

その場合にとられる最後の手段が、異性知性体が残したワームホールと停時フィールドを組み合わせた「1万年の時間転移」である。1万年後には人類はとうに滅亡しており、故に絶対的なルールである「自分が憑依する宿主の同族」が存在せず鬼のプログラムは停止し、自壊する。この世界には3つの鬼討伐機関が存在すると書いたが、それはこの特別なワームホールが世界に3つしか存在していないからだ。

物語の主人公サイドは3つある鬼討伐機関のうち日本を縄張りとする門部だが、思想的な違い、鬼の討伐方法の違いなどから争いは激化し、4巻までいたると3組織入り混じってHxHにおけるグリードアイランド篇みたいな、「基本原則をいかに相手が予想しない形で裏切るか。それによっていかに相手の裏をつくか」というゲーマー垂涎のやり取りが展開していくのが「そこまでやるか」感があって抜群におもしろい。

おわりに

即死級の能力をお互いに撃ちあって簡潔かつロジカルに殺し合いが完結するので異能バトル好きには断然オススメだし、設定の裏をひたすらについてくるやり方はゲーマーにもオススメで、設定の緻密さ、掘り方の深さはSF的にオススメできる。現時点で4巻とは思えない高密度な物語だ。しかし5巻はどうすんだろうなあ…。

筺底のエルピス 3 -狩人のサーカス- (ガガガ文庫)

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筺底のエルピス 4 -廃棄未来- (ガガガ文庫)

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