- 作者: オリヴァー・サックス,大田直子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/08/24
- メディア: 単行本
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脳神経科医として診療を行いながら、『火星の人類学者』『妻を帽子とまちがえた男』など無数の名著を送り出してきたサックス先生もとうとう2015年に亡くなってしまった。本書は4つの短いエッセイをまとめたものになっているが、最初の「水銀」はまだ健康にそう不安のない80歳時に書かれた老いていくことへの率直な気持ちを語ったエッセイでそれ以後の「わが人生」「私の周期表」「安息日」はどれも癌が転移し余命がそう長くはないことを知ってからの文章になっている。
『死すべき定め』という今年の名著を読んでからたびたび「いい感じに老いて、死んでいく」ことができたらなあとよく考えているのだが、サックス先生のように死にたいものだと思いながら本書を読んでいた。達観して完全に死を受け入れているというよりかは、老いていくことへの生々しい驚きや恐怖、残念な思いを抱えながら、まあ、全体としては満足かなと納得して最後のわずかな時間を生きていく。
八〇歳! 信じられない。人生これからだと思うのに、じつは終わりかけているのだと実感することが多々ある。私の母は一八人きょうだいの十六番めで、私は四人きょうだいの末っ子なので、大勢いる母方のいとこたちのなかでいちばん年下に近い。高校でもいつもクラスで最年少だった。いまでは知人の誰よりも年上と言っていいのに、自分は一番年下というその感覚が、いまだに残っている。
僕もけっこうなおっさんになってしまったがいまだにガキンチョのような気分でいるだけに「ぐげげ、80歳になってもこの感覚が消えることはないんだ」と驚いてしまった。まあ、そんなものなのかもしれない。『怖くないふりをすることはできない。しかし、いちばんつよく感じるのは感謝だ。わたしは愛し、愛され、たくさんもらい、少しお返しをした。読み、旅し、考え、書いた。世人と交わり、とくに作家や読者と交わった。』サックス先生のようにそれなりに満足して死んでいきたくはあるが、そのためにもまずはサックス先生のように生きなければならんのだろうな。
あくまでも一人の医者であり、物書きだったオリヴァー・サックス、そのピリオドとしての小粒な一冊なので、ずっしりとした読み応えを求めるのであれば自伝『道程』をオススメする。
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