- 作者: ティモシー・ヴァースタイネン,ブラッドリー・ヴォイテック,Kousuke Shimizu,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 太田出版
- 発売日: 2016/07/20
- メディア: 単行本
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なので、最初の一、二章ぐらいがネタとしておもしろければ良いかなと思っていたのだが、読み終えてみれば神経科学の網羅的な一般向けノンフィクションとして単純に良い内容だ。ゾンビの生態から神経科学を解説するパートも著者らが熱烈なゾンビマニアであることを誇示するように無数のゾンビ映画や小説のネタが盛り込まれていき、ネタをネタで終わらせない覚悟がみてとれる。全体的に本気な一冊であった。
そもそも著者は二人とも認知科学、神経科学の専門家、大学の助教授であり、ゾンビ・リサーチ・ソサイエティ(世界中で千人を超えるゾンビ愛好家/研究者団体)*1のメンバーでもあるという、その肩書/経歴からも本気感が伝わってくる。
本書では、ナイト・オブ・ザ・リビングデッドから近年映画が公開されたワールド・ウォーZまで含めゾンビ映画や小説の数々の名シーン(捕食、動き、反応などなど)を取り上げながら、「こうした動きをしている時のゾンビの神経はどうなっているのだろうか?」と問いかけ、実際の脳機能と絡めて解説していく。どれもおもしろい想定だが、下記では具体的にどのように説明がされているのかを幾つかご紹介しよう。
ゾンビのぎくしゃくした動きは何が原因なのか?
たとえば、ゾンビの動きはのろく、ぎくしゃくしていて、ぎこちない。しかし音を聞いたり視認したり匂いを嗅いだりすることで、行きたい方向を計画/認識して動くことはできるようだ。そんな幾つかの観察可能な事実をもとに、人間の脳領域の中で運動に関連する部分を解説しながら、「大脳皮質運動系」は運動の計画を立てる領域だからさすがにゾンビもここは損なわれていないだろうと推測を重ねていく。
ぎくしゃくした動きになるのは脳にどこに障害が出た時なのか? といえば、残りで考えられるのは大脳基底核と小脳だが、それぞれのケースを検討し可能性をさらに絞り込んでいく。たとえば大脳基底核に障害が出ると、前かがみになり足を引きずるようになるので、ゾンビ歩きに近いけれども、一方で「目標がなければ行動を起こすのが難しくなる」。しかし実際のゾンビは目標がなくとも動作を起こすこと自体は難しいようにはみえない──などの検証を通過して、最終結論としては下記になる。
これらの理由から、ゾンビに見られる一群の症状──広い歩幅、のそのそとした歩き方、止まることのない動作、苦もなく行動の基本計画を立てて実行すること──は小脳変性症のパターンを示しているといっていい。つまり、ゾンビ感染の運動症状の多くは小脳障害のせいで生じるのだ。いっぽう、大脳皮質運動野と大脳基底核の指針経路はあまり損なわれていないはずである。
とはいえ、敏捷なゾンビもいるし(『ワールド・ウォーZ』『28日後……』『ドーン・オブ・ザ・デッド』)彼らは運動機能障害を抱えているようにはみえない、と自分たちに都合の良いゾンビだけじゃなく、いろいろなゾンビを含めて語ってくれているところも好印象である。まあ、「なぜ同類を襲わないのか?」をミラーニューロンの反応特性が変化してしまったのだろうと解説していたり無茶だなと思うところもあれど、おおむね納得いく解説に仕上がっている。
細かいゾンビネタ
細かいゾンビネタが随所にはさみこまれていくので、「そんなゾンビ物もあるんかい」とゾンビ映画やゾンビ小説/漫画への興味が湧いてくるのも楽しいところだ。
たとえばゾンビが言語を理解しているのかどうか、理解していないのだとしたら言語野はどうなっているのかなどを解説した章では、下記のように『ゾンビーノ』をネタにテンポよく状況を解説してくれている。
ゾンビが応答する力をもたないことはほぼ確実だ。私たちが見つけられる最良の例は二〇〇六年の映画『ゾンビーノ』でゾンビのファイドーが覚える「座れ」「動くな」「人間を食べるな!」といった基本的な命令である。これらの命令の背後にあるのは、言葉の理解というよりも、むしろ動物の調教に見られる昔ながらの単純な条件付けに近いものだ。また、ゾンビは標識にしたがう様子がないから、書かれた言葉を読めるようにも見えない。
本書で参照されるのは主要なものだけでも映画と本を合わせて14作品もあり、著者らも最初に「これらの作品は転換点をネタにするから先に観といて/読んどいてくれよな!」と宣言しているので、ネタバレ無しで楽しみたい人にはつらいかもしれない(ゾンビ映画でネタバレ気にしてどうすんだという気はするけれども)。
おわりに、ゾンビのつくりかた
本の特性上ゾンビ解説部分をメインに紹介してきたが、どのような脳の仕組みによって人間は睡眠と覚醒を行き来するのか? 記憶のメカニズムについてなど、神経科学的な解説部分も最初書いたようにしっかりしているので楽しみにしてもらいたい。ゾンビの魅力で小難しい内容もするっと読むことができるだろう。
最終章「ゾンビ・アポカリプスを生き抜くための科学」ではそれまでの知見をもとに、どうやったらゾンビ状態から回復することができるだろうか?(大脳基底核の全体的機能を改変するマイクロチップを埋め込んで利用する方法など)を語っていく。要するに建前的には「治療」と「生き残り」を目指しているといえるのだが──僕が本書を読んで受けた印象はまんま「ゾンビのつくりかた」だったのでゾンビをつくりたいorなって世界を混乱に陥れたい人もどうぞ。