基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

怪奇幻想、時間SF、ハンティングアクション──『人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル』

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫 た 1-20)

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫 た 1-20)

『人類は衰退しました』が1〜9巻で終わり、短篇集が一冊出て、これで終わりかと思いきや時折過去のテレビ番組がスペシャルで復活するように「未確認生物スペシャル」として復活した。とはいえ幻の怪獣ムベンベのような生物が出てくる短篇ばかりではなく、吸血鬼物もあれば時間SFもあり、心の煤けたような童話ありと「ああ、人類は衰退しましたってこんなんだったなあ」と思い返せる安定のカオスである。

なんでもありのこのカオスが、なんでもありだけで終わらずに、的確に物語としてコントロールされていく抜群のバランス感覚が好きだったんだよなあと懐かしい気持ちになるところまで含めて「懐かしのテレビ番組が時折復活する」感があってぴったりの副題だと思う。水曜どうでしょうとかみたいに。とまあ、ファンは買うだろうしシリーズ未読者は買わないだろうし、ざっくりと紹介して終わりにしよう。わざわざ記事を書くほどでもないのだけれども、何しろ珍しい田中ロミオの新刊だから。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
あ、ただシリーズを未読であったとしても本書から読んでもいいとは思う。別にどこから読んでも自由である。シリーズの総評については上記記事を参照せよ。

ざっくりと

まとまった分量の短篇としては「ひみつのおちゃかいのそのご」、「じしょう未来人さんについてのおぼえがき」、「トロールハンターさんの、ゆかいなしゅりょうせいかつ」「よるのぼくじょうものがたり」の4つがある。

「ひみつのおちゃかいのそのご」はまだ学舎におり、のばら会に所属していた「わたし」が、文集をつくるために『翻案古典童話シリーズ "ビジネス的に読み解く"星の銀貨』のように翻案童話をつくる話だ。タイトルからもわかる通りに有名童話をビターに書き直し、周囲を微妙な顔にさせたり、一部の面倒くさい人を熱狂の渦に叩き込んだりしていくいつもの流れが楽しめる。本書では、短篇の合間にこの翻案古典童話シリーズが挿入されていくのも楽しい。ヘンゼルとグレーテルより一部引用⇛『ヘンゼルはおばあさんをパイルドライバーの餌食としました。』

「じしょう未来人さんについてのおぼえがき」は40ページにも満たない分量の中(しかも地の文が少なめで改行が多いから文字数的にも少ないだろう)、時間SFとしては珍しいアイディア一本でスッキリ成立させ、最後はほろっと感動風に仕立て上げたSF短篇の良作。田中ロミオらしくひねくれたというか、既存の時間SF物をひねった/ハイブリッドにしたような内容で、この短篇集の中ではこれが一番好きだな。なにげに「わたし」の晩年が少し出てくるのもシリーズ読者としてはグッとくる。

「トロールハンターさんの、ゆかいなしゅりょうせいかつ」はそのまんま、トロールが攻めてきたぞーー!! で「わたし」が弩弓とかトロール用スーツを持ってトロールハントに出かけ、トロールのドロップ品は武器を強化するためのレア素材で──と人退で「モンスターハンター」をやろうという、ただそれだけの話である。

「よるのぼくじょうものがたり」はゾンビ、吸血鬼がうろついているという投書をみて出向いてみれば、そこにいたのはどうみても吸血鬼やゾンビ的な性質を持っているのに、『「ゾンビのようですが人間でして」』と、あくまでも夜型でたまに脳みそが食べたくなったり血を吸いたくなったりするだけの人間だと言い張る人たちで──という怪奇コメディである。なんでかわかんないんだけど血を飲むと頭痛と肩こりがなくなるんだよねハッハッハと笑う自称人間(吸血鬼)とそれをみて「こ、これは……」とたじろぐ人間の構図は短篇で終わらせるには惜しいおもしろさだ。

おわりに

と、こんなところか。あいもかわらずの人退であったという他ない。あとがきによると次回は完全新作で、来年2月発売予定、それもジュブナイルSFだというからまた死ねない理由が増えたなあ。でも1年に1回でいいからこうやってスペシャルとして「時間SFスペシャル」とか「人工知能スペシャル」とか出してほしいものだよ。