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宇宙における生命の普遍的特性──『生命、エネルギー、進化』

生命、エネルギー、進化

生命、エネルギー、進化

本書は『生命の跳躍』、『ミトコンドリアが進化を決めた』のニック・レーンによる「生命の起源とその歴史を語る」一冊だが、これが圧巻の内容である。ニック・レーンは本書で、アップデートをかけた上で前作までの内容を取り込み、生命の起源をめぐる問題に真っ向から挑み、多様な分野にまたがる議論を総括しながら宇宙における生命の普遍的特性とまでいえる説得力のある結論を導き出してみせる。

生体エネルギー論、生化学

取り扱う題材のメインとしては、生体エネルギー論というか、生化学というか、そのあたりになるだろう。たとえばこの世の生物である以上、何をするにもエネルギーがいるわけである。本書では『エネルギーは進化の要であり、エネルギーを方程式に持ち込んで初めて生命の特質が理解できる』という観点から、エネルギーと生命の本質的な関係へと議論を進めていく。たとえば最初に説明されるのはプロトン勾配という、地球上の生命に普遍的に利用されている欠かせないシステムの話だ。

ほぼすべての生体細胞は、プロトン[陽子](正電荷を帯びた水素原子)の流れによってエネルギーを得ている。その流れは、電子の代わりにプロトンを用いたある種の電気──プロティシティー──の形をとっている。われわれが呼吸で食物を燃焼させて得るエネルギーは、膜を通してプロトンを汲み出し、膜の片側に貯蔵庫を形成するのに使われる。この貯蔵庫から戻るプロトンの流れを用いると、水力発電のダムのタービンと同じように仕事の原動力となる。

そもそも、なぜプロトン勾配は地球上の生命で普遍的に利用されているのか? それ以外のやり方で生命はエネルギーを得ることはできなかったのだろうか? 誰もが用いているという意味では、普遍的な遺伝コードと同じぐらいあらゆる生命に欠かせないものであるにも関わらず、われわれはこうしたエネルギー利用のメカニズムがなぜ、どのようにしてうまれたのかについてほとんど知らないのだ。

私が論じるのは、エネルギーが地球上の生命の進化に制約を課したということ、同じ効果が宇宙のほかの場所にも当てはまるはずだということ、そして、エネルギーと進化の結びつきは生命現象を予測しやすくするための土台となり、地球上だけでなく宇宙のどこであれ、なぜ生命はそうなっているのかの理解を助けてくれるだろうということである。

とまあこんな感じで、本書では細胞の動作原理の探求からはじまり、一手一手緻密に生命の来歴を辿り直すことで、複雑な細胞、複雑な生命へと進化していった生物について(性の誕生、死や老化はなぜ存在するのかなど)より精確に答えようとしていく。

生命の起源と宇宙における生命の普遍的特性

その説明の全体図は込み入っていて、1記事の中でまとめられるものではない。なので、ひとまず大元となる「生命誕生」の諸条件を簡単に要約してみよう。

細胞を一からつくるには、まず前提となる有機物生成のために反応性の高い炭素と化学エネルギーが原始的な触媒のもとを継続的に流れる必要があるが、著者は現状必要な条件すべてに合致するのはアルカリ熱水噴出孔だけであるとしている。ところが、アルカリ熱水噴出孔には「必要物」、たとえば水素ガスは豊富にあるものの、これは普通の状態ではCO2と反応せず、有機物を形成しないという問題が残っていた。

しかし、アルカリ熱水噴出孔が持つ物理的構造が天然のプロトン勾配として機能することで、反応に対するエネルギーの障壁を打ち壊し、有機物の生成を促すことが著者らが行った研究で(理論上は)明らかになったという。著者は有機物の生成にプロトン勾配が関わっていること、地球上すべての生命が膜を隔てたプロトン勾配を今も利用していることの関連性を上げながら、『「わあ、ほかの可能性なんてありえなかったんだ! よくもこんなに長いあいだ見えていなかったもんだ!」と声をあげてみたいのである。』と大興奮しながらこれを伝えている(凄い興奮していて面白い)。

これが事実であれば、アルカリ熱水噴出孔は水とカンラン石の化学反応によって形成されるので、大雑把にいえば岩石と水とCO2があれば生命に必要な諸条件はひとまず整うことになる。著者は、その場合生命におけるプロトン勾配含む化学浸透共役のシステムは、『まさに宇宙における生命の普遍的特性であるはずだということが示唆されている。つまり、地球以外の生命も、細菌や古細菌が地球上で直面しているのとまったく同じ問題に直面するはずなのだ。』とまで言い切ってみせる。

もちろん宇宙は広く、他にどんな方法で生命が発生しても不思議ではない。しかし岩石と水とCO2というのは揃えるのがそう難しいものではなく、必然的に本書では地球と同じような道筋が繰り返されてもおかしくはないと主張しているのだ。地球上の生物の基本的なシステムの理由を追っていった先に「宇宙における生命の普遍的特性」が浮かび上がってくるというわけで、なかなかに心踊る展開である。

とはいえその結果として、即宇宙に異星生命体が溢れているということにはならず、複雑な生命の誕生にはまだいくつかの大きな関門がある。たとえば、この地球でも、真核生物の誕生は40億年という進化の歴史においてただ一度しか起こっていないのだ。複雑な生命の進化にはふたつの原核生物による内部共生が必要であり、これは不慮の事故に近い非常にまれな事象であると推測されている。

著者は最終的には『複雑な生命は宇宙でまれな存在だろうと結論づけてもいいと私は思う』と結論を出してみせるが、なぜそうなるのかの議論の詳細もたまらなく興奮させられるものなので、ノンフィクションではあるがストーリーを読むようにして本書をワクワクとしながら楽しんでもらえたらと思う。

おわりに

本書は解像度を上げに上げ、生命の誕生から死や性の誕生までの細胞内で起こっている一つ一つのプロセスを詳細に取り上げていくので、かなり難解ではある。ただそれは情報を欠落させているがゆえの難解さでも、説明が下手なことからくる難解さでもなく、「丹念に読むことで誰でも議論の過程を追い、検証できるようにする」ための必然的な難解さである。それだけに、「きちんと読もう」とすれば本書はその熱意にいくらでも応えるだけの内容/価値が存在する。

5年、10年と経つうちに、本書の内容も幾つかは否定され、アップデートがかけられていくのだろう。しかし、本書が描こうとした「エネルギー上の制約から導き出される、この宇宙における生命の普遍的特性」の考え方それ自体は古びることはないはずだ。この先別の生体エネルギー論や生化学を理解する上でも大いに約立つであろう、基礎的な知識を与えてくれる一冊である。