- 作者: ピエール・ルメートル,橘明美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/10/07
- メディア: 文庫
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そしたら、当然のようにおもしろくのめり込んで一気に三部作を読み切ってしまった。一作一作ごとに趣向が異なるのだが、シリーズ第一作『悲しみのイレーヌ』と第三作『傷だらけのカミーユ』は、主人公となるカミーユ警部個人に寄り添った物語として素晴らしい。間にはさまる『その女アレックス』はカミーユの物語に加え「アレックスとは何なのか」に焦点を当てた単体の犯罪小説としても抜群の出来だ。
この記事ではそういうわけなので『傷だらけのカミーユ』の紹介というよりかは〈カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ〉全体で何が魅力的だったかを中心に触れていこうと思うが、驚きながら読んでいくのがそのまま至上の体験につながるので長々と書いて興を削ぐのはやめておこう。個人的な印象としては『その女アレックス』>『傷だらけのカミーユ』>『悲しみのイレーヌ』の順番で楽しませてもらった。*1
悲しみのイレーヌ
『悲しみのイレーヌ』ではシリーズキャラクターの顔見せ、紹介に加え、二部/三部に向けての布石をばら撒いていくが、中心となる事件は一種の見立て殺人だ。異常な手口で殺された二人の女の事件を追っていくことで、カミーユはそれがとある小説で描かれている事件にそっくりであることに気がつく──ところまでは「ありきたりな見立て殺人やなあ」という感じだけれども、そこから本作は大きく飛躍してみせる。
個人的には見立て殺人であることが判明する流れなどが雑で(そうした理由はわかるが)他二作と比べるとそこまで評価は高くないが、眼をそむけたくなるような暴力描写、異常な事態が進行しているという強烈な煽り、「死ぬのか、死なないのか!!」というサスペンスフルな状況の連続、前半と後半の落差に向けた丁寧な描写の積み上げなどデビュー作にも関わらず演出面についてはすでに完成している感がある。
中でもキャラクタは良い(シリーズで引き続き登場)。身長が145センチしかないことに強烈なコンプレックスを抱え、切れ者というよりかは、状況を引き受け耐え忍ぶことで捜査を前へと進めていく粘り強い男カミーユ・ヴェルーヴェン。富豪の息子で金はあるが、あえて"つらい道"として警察を選んだ相棒のルイ。細かい情報をかき集めたいという強烈な欲求に衝き動かされる部下アルマンなど曲者がそろっている。
カミーユとルイは友人というわけではないが仕事上では尊敬しあっていて、その独特の距離感がたまらなかったりもする。なんか、時折完全に友人関係すら超えてるんだよね。ルイからカミーユへと電話がかかってきて、カミーユが「誰から?」と聞かれた際に「おれの守護天使さ」と答えるやりとりなんか、カップル感はんぱない。*2
その女アレックス
ほくほくしながら続けてすぐに『その女アレックス』を読んでみたら、これがまた飛び抜けておもしろい。シリーズ二作目にも関わらず本書が先に邦訳されたのも「まずはこの傑作をぶつけて、世にしらしめよう!」という意図があったからだろう。
物語は30歳の美女アレックスが突如として何者かに拉致される場面からはじまる。彼女はわけもわからぬまま、彼女の死を望む男によって格子状の木箱に入れられ、そのままロープで吊るされ、地獄のような監禁生活を強いられる。脳裏に浮かぶのは「なぜわたしが?」「何のために?」「相手は誰?」と疑問ばかり。誘拐には目撃者がおりカミーユらも調査をはじめるが、その過程でアレックスとはいったい誰なのか、なぜこの誘拐・監禁事件が起こってしまったのかが明らかになっていく。
読み進めていくうちにアレックスに対して抱いていた「単なる被害者」という印象も切り替わっていき、「あ、あ、ミステリ/犯罪小説ってこんなふうに書けるんだ!?」と驚かされながら急いでページをめくり、最後の一文にたどり着いたときにはこの分野の新たな地平を魅せてもらったという感動がただただ心地よく残る。
決然とした意志によってできることを着実に実行していくアレックスがまた魅力的で、彼女が追い詰められ/決死の抵抗を続ける様はあまりに残酷で悲惨ながらもページをめくる手が止まらなくなる。緻密な構成、魅力的なキャラクタ、描写/演出の妙が完璧に噛み合わさって、単体の作品として読んでも傑作といえる出来だ。
傷だらけのカミーユ
そして三部作完結篇『傷だらけのカミーユ』は、二人組の強盗の現場へ偶然居合わせ、殺されかける女性アンヌの描写からはじまる。なんとか一命をとりとめた彼女は、犯人にその命を狙われるようになり──とそれを阻止するためにもカミーユさんがまた奮闘する。事件自体は前二作と比べると大層地味だが、その分丹念にシチュエーションが一個一個積み上げられていく、洗練された美しさのある作品だ。
カミーユはとある事情からアンヌの事件を強引に担当し、無茶とも言える手段で調査を進めていく。事情が事情だけに相棒たるルイにも明かせず、たった一人警察内部で孤立していく精神的な苦しさや、一部/二部でばら撒かれてきたカミーユの人生における葛藤/トラウマとの対決が「大層地味」に見える事件の背後に流れるテーマとなって現れてきて、完結篇らしいずっしりとした読み応えを堪能させてくれる。
冒頭の予期せぬ葬儀の場面からして、本作に通底しているのは「偶然」と「必然」、運命との向き合い方なんじゃないかと思う。どこからどこまでが「偶然」で「必然」なのだろうか? 避けがたい運命に出会ってしまった時、どのように対処すべきなのだろうか? カミーユは傷つきながらも最後まで「そうするほかなかった」という彼の在り方を貫き通すが、その痛切な姿は、強烈に惹きつけるものがある。
おわりに
これだけの人気シリーズを長篇としては*3三作で終わらせるのは凄い。続きが読みたい気持ちもあるが、簡潔にまとまっているからこそ薦めやすいという良さもある。とりあえず三冊買ってくれば、数日〜一週間ぐらいは幸せな日々を送れるはずだ。
その場合、読む順番としては本来の時系列順である『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』を推奨する。まあ、ナンバリングがついているわけでもないからそこまで読み順が重要なわけでもないけれども。
- 作者: ピエール・ルメートル,橘明美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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- 作者: ピエールルメートル,橘明美
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