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"議論"か、さもなくば"死"か──『十二人の死にたい子どもたち』

十二人の死にたい子どもたち

十二人の死にたい子どもたち

冲方丁さんといえば〈マルドゥック〉シリーズを筆頭としたSF小説か、あるいは『天地明察』に連なる一連の時代小説、またはファンタジィのイメージが強い。そこにきて本書は「著者初の現代長編ミステリ」、つまり初挑戦の領域になる。

これまでゲームにアニメに小説にと媒体だけに限っても挑戦だらけの著者だから、初挑戦とはいえども「日常ってことでしょ」という信頼感はある。とはいえ、現代長編ミステリは意外だったというか僕の中にある「冲方丁的な作家性」の中に入っていないものであっただけに、不安とまではいかずとも「何が出てくるかさっぱりわからんなあ」とどきどきしながら読んだのだけど、ちゃんと面白かったので安心した。

簡単なあらすじ

序盤の状況設定からして変な話がはじまったな、とドキドキさせてくれる。売却が決まっている無人の病院へと10代の少年少女たちが1人、また1人と集まってくる。しかもみんな死を覚悟しているようだ──というところまで読んで最初「ハンガー・ゲームでもはじまるのかな?」と早とちりしてしまったが、彼らは安楽死するためのサイトに集まり、選考テストを経て選ばれた12人の少年少女たちなのだ。

彼らはみな集められた者たちだが、そこに強制の要素は一切ない。来るのも自由だし、この場にきてなお去りたいと希望すれば何の問題もなく帰ることができる。無理心中でもなければ洗脳的な要素もなく、あくまでも「自由意思による大きな選択」なのだ。安楽死に必要な物資はサイト管理者であるサトシ(彼もまた安楽死志願者である)が用意しており、「安楽死の実行は、多数決で全員一致した時とする。全員が賛成するまで実行はしない。」というルール以外はおおむね自由だ。

さて、12人の少年少女らが一斉に安楽死したら大事件だが、ここまでの設定には特に葛藤がない。みな決意して来ている者たちであり、嫌なら出ていけばいいだけなのだから(他の者で採決をとればいい)、普通に考えたら話は3ページぐらいで終わってしまいそうである。ところがそこで思いもがけぬ事態が発生する。最初の予定では12人しか集まらないはずの現場に、いるはずのない13人目の少年がいたのだ。

 だがこのサトシと名乗る、数字の順番からいえば一番目の少年の背後には、すでに別の誰かがいるのだった。数字をすべて失った時計の真下に位置するベッドに横たわってぴくりとも動かない──見るからに二度と動くとは思えない──もう一人の、すなわちサトシが本物の参加者であり主催者であるならば、集いにいるはずのない、十三人目の少年。いったいこの少年は誰なのか?

本来であれば、全員で集まって、採決をとって、すっきりと死んでしまう──そんな風にスムーズに流れていってもおかしくはないが、この謎の少年の出現によって事態は大きく狂ってしまう。1.この少年は誰なのか? 2.なぜこんなところにいるのか? 誰かが運び込んだのか、自分で来たのか? 3.13人目の少年が自殺していたら話は終わるが、もし仮に"誰かが殺していたら"、その場合は誰が殺人者なのか?

一人が現状に否を唱え「全員の意見一致が安楽死の実行条件」というルールにのっとり実行は先送りにされ、「なぜこんなことが起こっているのか?」が『十二人の怒れる男』ばりに議論されていく。ここで、大きな謎が発生しそれがいかにして実行されたのか、誰が犯人なのかを解き明かすミステリのレールに載るわけだが、本書はこの特異な状況だからこその「ミステリにしては妙な読み味」を体験させてくれる。

ミステリにしては妙な読み味

まず第一に、ここに集った人たちはみな本気で死にたい人たちである。だから、「犯人探し」はあまり多くの意味をもたない。たとえ12人の中に殺人犯がいたとしても、どちらにせよあと少しでみんな死んでしまうのだからあまり関係のない話であるし、みつかったとしても警察に突き出すこともないだろう(死ぬんだから)。

登場人物らはみな投げやり/心が広くなっているのも議論を特異な方向へと曲げていく。たとえば「13人目? 別にいいんじゃない? 早く死のうよ」とする立場の人間もいれば、「みんなが安心できるんだったら自分が殺したってことにしてもいいよ」とする立場の人間もいて、状況はどんどん混沌化していくが、否定者は少数ながらも現れ、全員一致ルールに従って謎を解明するために議論が実行されていく。

謎なのは「動機」もそうで、「なぜこんなところで殺さなければいけなかったのか?」「本当に殺したんだったら別に白状しても問題ないはずじゃあないのか?」「そもそもなんでこんなところに連れてこなければいけないのか?」と無数に疑問が沸き起こってくる。さらには、そうした「ミステリとしての謎」全てが解決されても、「彼らは真相を解明した上で、なおかつ安楽死を決行するのか?」という疑問がまた強烈なフックとなって機能し、先が気になってぐいぐい読めてしまう。

メイコだとかサトシだとか、「一般的すぎて名前が憶えられねえ」と最初は思っていた登場人物たちも、議論の過程で「自分がここに来た理由=死ななければならない理由」を明らかにしていくうちに一人一人の特性が立体的に浮かび上がってくる。元ネタの『十二人の怒れる男』を踏襲し、密室から出ることなくずっと進行する地味な議論小説だが、登場人物たちがみな「死」の一歩手前にいて、常に"議論"か、さもなくば"全員安楽死"かの境界線上にいる様が、「ああ、冲方丁作品だなあ」と思わせるひりひりとした緊張感を堪能させてくれるのだ。

おわりに

冲方丁の新境地を見せてもらったなあという心地よい満足感が最後に残る、良いミステリだった。ただ、トリック部分や状況をフェアにするための解説はごたごたしているところもあるので、できればこっち方面の著作も続けて、ここからさらに開拓/洗練された物を読んでみたいと思うが、しかし他の方面も冲方丁さんのスケジュール空きを「まだかまだか」状態で待っているだろうから厳しいのかもしれないなあ。