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脳は受け取る情報を支配する──『触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか』

触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか

触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか

触れること、触れられることというのは日々の生活に密接に関与してくるものだが、あまりに当たり前すぎて意識にのぼる/疑問に思うことも少ないものだ、と本書を読んではじめて理解した。たとえば親しい相手との身体的接触は心地よいものだが、知らない人間との身体的接触は極端なほど不愉快であるのはなぜなのか。

夢中になって何かをやっている時(スポーツとか)、身体が怪我をしていても気が付かない時があるのも不思議だ。生殖器とそれ以外で感じ方に大きな差があるのは脳科学/神経科学的にはどのように説明付られるのか。痒みと痛みはどう違うのか、なぜ痒い部分をがりがり掻くと、一時的にしろ痒みが和らぐのか。内蔵が痛むことがあるのに内臓が痒くなることがないのはなぜなのか──あまりに当たり前すぎて問いかけることもないが、たしかにあらためて言われてみれば不思議な話である。

神経科学者である著者デイヴィッド・J・リンデンはそうした各種事例について、神経科学や脳科学的な観点からその理屈を丁寧に説明していってくれる。そのほとんどが学術的な興味を満たしてくれるのはもちろん、触覚という身近なテーマなだけに実生活で役に立つ部分も多い。たとえば子供の発達における触覚の研究では、触れ合いの機会が減ることで発育不足や嘔吐の多さ、免疫の不全など様々な発達障害を発現することがわかっている。触れ合いの機会が少ないとは保育器の中に隔離されたような極端なケースのことではあるが、触れられることがいかに重要なのかはよくわかる。

生殖器についての神経科学

また、多くの人が(おおやけにはしないかもしれないが)興味があるであろう研究は性器やセックスをめぐる触覚、神経科学的な側面ではなかろうか。たとえば性感や性的嗜好の個人差はどこからきているのか。毎日バイオリンの練習をしている人は脳の感覚地図の中で指が拡大するが、アナルセックスを繰り返していると肛門部分の感覚地図が拡大するのだろうか(←これはかなり気になるがまだ解明されていないようだ)。

個人的におもしろかったのは生殖器の反応についての実験。たいていの男性は性的な刺激に対して「興奮を覚えました」と回答した場合のみに実際の反応が現れるのに対して、女性はとくに興奮しないと回答した場合でも性的に反応し膣液が分泌されることがあるとしており、「意識的な興奮の有無」と「身体的な興奮の有無」の間にわかりやすく男女差が存在している。これは「女性の嫌がるそぶりを無視してもいい」といっているわけではなく(犯罪だぞ)、歴史的に女性に対しては挿入が急激だったり合意なしに行われることが多かったことから残った機能なのかもしれない。

痛みについての神経科学

最初に「夢中で何かをやっている時に怪我をしても気が付かないことがある」と書いたが、これは「痛みの知覚が認知的、感情的因子によって鈍ったり鋭敏化したりする」からである。なぜそんなことが起こるのかといえば、脳は主観によって受け取る情報を支配/コントロールしているからで、正確には、計算をさせるなどして痛みの刺激から主観を引き離すと、1次身体性感覚野と島皮質の活動の低下が起こる。

たとえば「この痛みはいつまで続くのか」「また痛み始めるのか」「どの程度危険なのか」が判断できない状態では、前頭皮質が痛みについて考え続けるプロセスが走り、痛みの度合いも不快さも強くなる。精神安定剤が痛みの知覚に関与するわけではないが慢性の疼痛治療では有効なのはこのためである(不安を鎮め、痛みについて考えつづけることでさらに痛くなり不快度がますという悪循環が断ち切れる)。

「じゃあ、どうやって(精神安定剤を使わずに、もっと気軽に)考え続けるのをやめたらいいんだ」と疑問に思うだろうが、本書ではその一例として瞑想が紹介されている(いや、瞑想もいいんだけど、もっとほかになんかないのだろうか……)。

おわりに

と、こんな感じでおもしろ事例を紹介し続けたらキリがないのでこんなところで終わりにしておくが、包括的かつ基礎的で、なかなかおもしろい一冊である。