基本読書

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奇妙な味のSF短篇集──『うどん キツネつきの』

うどん キツネつきの (創元SF文庫)

うどん キツネつきの (創元SF文庫)

「うどん キツネつきの」とは不思議なタイトルだ。最初ぱっと読んだ時、何が何なのかさっぱりわからない。キツネ憑きのうどんなのかなと推測し、それはつまりキツネうどんなのでは? と思ったりもする。本書は「うどん キツネつきの」で創元SF短篇賞の佳作をとった高山羽根子さんのデビュー作/SF短篇集だが、全篇を通してこのタイトルを読んだ時のような、ふわっとした奇妙な味が充実している。

「佳作」というと一歩劣ったイメージになるが、解説の大野万紀さん曰く*1、選考会では大いに作品として評価されながらもSF味は薄く、「SF」を冠する賞に果たしてふさわしいのかという議論の末の佳作になったそうだ。つまり、SFかどうかなどという*2どうでもいいことを除けば、抜群におもしろい短篇なのである。本書には他4篇が収録されているが、作風の幅も広く、長年書き続けた果てのような円熟した技量を感じさせる読み味を残してくれる。端的にいって素晴らしい内容だ。

「描写のおもしろさ」が占めるウェイトが高く、簡単にはその良さが伝えられるとは思えないのだが、以下、5篇なのでひとつひとつ紹介していってみよう。

うどん キツネつきの

和江と美佐の姉妹は外で、発砲スチロールに閉じ込められながらゴリラのように大きな声で鳴く「4つの足を持つ肉塊」を発見する。同じような生物は他に3体いたが死んでおり、姉妹は生き残った1匹を育て始める──という導入で、「この奇っ怪な生物はなんなのか」が解き明かされていくのかと思いきや、この生物は犬ということになり以降淡々と和江ら三姉妹と犬(うどん)や他のペットとの生活が綴られていく。

7日め、4年め、7年め、11年めと時間を淡々と飛ばしながら、姉妹の変化(結婚、進学、一人暮らし)を丁寧に描いていくのだが、これが地味ながらも大変におもしろい。たとえば11年めには、一人暮らしの和江とワンルームで飼っている沢蟹の話が入る。和江は一人暮らし後最初にスーパーに行った際に1パック8匹入りの沢蟹を買い、まだ動いている半分をペットボトルに入れて飼い始める。彼女が家にかえってくると、時折沢蟹は脱走している日常。その探し方の描写にびっくりしてしまった。

 和江のほうも慣れたもので、居ないとわかればまず電気という電気を消し、冷蔵庫のプラグを抜く。蛍光灯や冷蔵庫の微かな電子音さえも無い状態で耳を澄ましていると、大抵前後左右のどこかからカサリと音がするので、そのほうに寄ってまたじっとしていると、同じように音がする。こうして部屋を二分の一、四分の一、八分の一と追い詰めていくと、その頃には和江の目も暗闇に慣れ、かなりの高確率で短時間に脱走者を発見することができるのだ。

この描写/想像力の精度の高さよ。実際これで見つかるのかはわからないが、「著者は沢蟹を飼って脱走されたことがあって、こうやって探したことがあるに違いない、そうでないとこんな風に書けるはずがない」と確信させる凄さがある。

「うどんは何なのか」に繋がる情報も明かされるが、最終的に結実していくのは「なぜペットを飼い、育てるのか」という理由である。その理由を、安易に感情を説明して終わらせるのではなく(たとえば、沢蟹を飼い始めるのを「一人暮らしの寂しさから」とは書かない)あくまでも日々の生活を淡々と描写として積み上げていくことで、「人がペットと共に生きる意味」を浮かび上がらせてみせるのだ。

シキ零レイ零 ミドリ荘

宇宙ヒコーシだったんだなどと適当なことばかり言う指が二本ない謎のおっさん、母親に放置されぎみなキイ坊、片言の日本語で喋るグェンさん、タニムラ青年、独特な日本語で喋るエノキ氏、中国人の王さんなどなどコミュニケーションが容易には通じない面々が揃っているミドリ荘を舞台にした、コミュニケーションテーマの短篇だ。

古代文字、手話、人文字、片言言語、ほら吹きなど様々な言語/コミュニケーション手段が描かれていく。完璧な言語能力があったとしても相手に意図が正しく伝わるとは限らないし、その逆もまた然りである。表現されるのは人間の言語コミュニケーションの不完全性である──ともいえるし、『「意味、完全に解ってる言葉しか使っちゃいけねえなんて、誰が決めたんだよ」』という作中の言葉通りに意味の分からない言葉であっても使ってもいいし、意味がわからなくても意味を強引に読み取ってしまう、人間の融通力の高さ/節操のなさみたいなものである。

母のいる島

16人もの子供を産んだ母と、16人姉妹の物語。16人目が産まれたこともあって、1人を除く14人の姉妹が島に集結するのだがそこでアクシデントが──という流れだが、この16人姉妹の会話の描き方がスゴイ。姦しさもそうだが、友情とも違う価値観で繋がった「特殊部隊」感が会話の端々から出てきていて、その理由も後半「母はなぜ身の危険も顧みず16人も子供を産もうと思ったのか」の理由と共に明かされていく。うどん〜の方もそうだけど、高山さんの描く姉妹/家族がとても好きだ。

おやすみラジオ

小学4年生のタケシが、ブログで「大きくなっていく」ラジオを発見したと書き始める。たまたまそのブログを発見した比奈子は、タケシのいる町が自分の知っている場所だと気づき、ラジオの謎に関わっていくが──。彼女の他にも別ルートからタケシの物語に気がついた人々が参入してきて、「日常の謎」的にスモールスタートした物語は壮大な地点にまで辿り着いてみせる。短い中に「人を駆動させる物語」「自由意志と本能」など無数の要素を作品内に取り込んだ、ぎゅっと詰まったSF短篇だ。

巨きなものの還る場所

出雲国に伝わる国引神話を題材に取ったねぶた、〈修復者〉という謎の人々、「人が身の丈に合わないでかいものを作って置いたまま古くなると、命を持つ」伝承、「学天則(金色のロボット。実在する)」など無数の土地の神話が合わせながら、過去と未来の様々な人の思いまでも繋げながら突き抜けてみせる幻想譚。構成は本短篇集の中で最も複雑だが、最後の「巨きなもの」の出現に全てが見事に収束していく。

おわりに

「うどん キツネつきの」からして抜群にうまい、は最初に語った通りだが、その後に書かれた短篇はより構成的な複雑さを増し、世界を広げながらもうどん〜と遜色ないコントロール能力でまとめあげてみせている。最初の短編集でこのレベルなら、一体この先どんなことになってしまうのか──と末恐ろしさを感じさせる一冊だ。

*1:大野さんが選考会に参加していたわけではなく、『原色の想像力』巻末の選考座談会の様子を読んでの内容になる

*2:ほとんどの読者にとっては