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移民政策の是非を問う──『移民の経済学』

移民の経済学

移民の経済学

  • 作者: ベンジャミンパウエル,Benjamin Powell,薮下史郎,佐藤綾野,鈴木久美,中田勇人
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本
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トランプ次期大統領が犯罪歴のある不法移民を強制送還する、メキシコとの間に壁をつくると発言していることもあって、今移民をめぐる問題が熱い(もともとアメリカではずっと熱いが)。しかし、実際のところ「移民はどのような影響を国(の政治や治安、労働環境)に与えている」のだろうか。アメリカの不法移民は1100万人にものぼるとされているが、仮に彼らを全員強制送還したとして経済にはどのような影響が(不利益にしろ利益にしろ)存在するのか──など疑問は尽きない。

そうした疑問に応えるように、本書はテキサス工科大学経済学教授のベンジャミン・パウエルを編者とした総勢11人もの執筆陣で、移民の影響、移民政策はどうあるべきかを詳細なデータを元に論じていく。基本的にはアメリカのデータを用い、アメリカの移民政策はどうあるべきかを論ずる「アメリカの移民政策論」だ。とはいえ、少子高齢化が極端に進み移民促進の検討も視野に入る日本も一つのモデルケースとして参考にできる部分が多々含まれている。ぶっちゃけ、得なのか、損なのか??

移民はアメリカ人労働者の賃金に影響をあたえるのか?

同化政策や財政への影響など章ごとにテーマを区切って議論されていくが、気になるのはまず移民の経済効果である。国際労働移動の障壁を撤廃すると、比較優位の原理に基づき『グローバルな富は世界全体のGDPの50〜150%も増加する』と試算する研究もあるが、犯罪が増えたり、移民の受け入れで移民先の国の住人の雇用が減る、賃金が減るなどのマイナスがあるのなら個人の立場からは反発が起こるだろう。

現状すでにアメリカでは移民を受け入れているわけだが、それによって、アメリカ人労働者の賃金が下がり職は奪われといったことはあるのだろうか? 調査方法、対象グループによって違いが出てくるが、過去50年間に発表された10件の代表的研究から導かれる結果は明確なパターンを示している。賃金への影響についてはほとんどが「効果認められず」あるいは「高校中退アメリカ人の賃金を1〜1.3程減少させる」。雇用への影響も「効果認められず」か「0.23%減少させる」で、ゼロに近い。

これは移民の英語力がアメリカ人よりも大きく劣っていることが多く、両者が不完全代替となっているなどの理由が考えられるが、なんにせよ経済面での不利益はあるとしても極端に少ないと考えていいだろう。逆に利益については、悲観的な推定値を示している研究であっても毎年50億〜100億ドルの効率性の向上をもたらすとしており、こちらも移民を否定するものではない。『生産要素の自由移動によって比較優位の原理がより活かされるようになり、これらの生産要素が流入する国の経済、したがってそれらの国で生まれた住民にも便益をもたらすことになる。』

また移民出身国への影響については、(移民出身国に残った)労働者の賃金は上昇し、仕事には就きやすくなることがわかっている。これはつまるところ賃金上昇分の負担を資本所有者が担うことと同義であるが、重要なのは移民からは出身国への送金/技術の転移があることで、『本国に残った住民に対する移民の影響はかなりの程度厚生水準を向上させる』とする楽観的な結果が出ているようである。移民先についても移民元についても比較的良い結果が出るのならば、良いことしかないともいえる。

とはいえ、検討すべきことはまだまだある。大規模な移民──たとえば無制限の移民解放が、社会制度や自国内で築き上げられた文化制度を破壊するのであればこうした便益はたやすく消え去ってしまうだろう。少なくとも、帰化率や英語力などの同化に関する基本的指標については、一世紀前の移民に比べて現在の移民の方が適応が速いことを示しているが、この問題についてはまだまだ研究が進んでいるとは言い難い。本書でも同化の適応速度については著者間で意見が割れているところがある。

ズレがある部分もあるが、編者(と執筆者)の結論/主張は、「移民はアメリカにとって有用」であり、「移民政策は(国際的にも)数量制限のない方向へと向かうべきだ」に概ねズレることなく集約される。現状わかっているデータからいえば、移民拡大は世界の所得を増加させ、移住した人たちの生活水準を向上させ、移民先の国で生まれた人たちも少しはその恩恵に預かる。移民先の国の財政に与える影響はそれほど大きくはなく、少なくともアメリカでは移民の同化は進み、移民の犯罪率は高くない。

 移民の大量増加によって「鍵穴的解決策」では対処できないほどの悪影響が引き起こされている証拠が得られるまでは、国際的な移民は数量制限のない世界に向かって進むべきであり、またそれも急ぐべきであると、と私は考えている。

出生率の問題など

その結論に至る議論は納得のいくものだが、もう少し論じてほしかったところもある。たとえば現在アフリカの一部地域を除いて全世界的に人口統計上の過渡期が終了した。アメリカに多数の移民を送り込んだメキシコも出生率は過去30年間で劇的に低下し、アメリカと同水準まで急低下している。世界銀行はメキシコの2000年代前半の人口成長率は1950年からの50年とくらべて4分の1になり、過去4半世紀を通した一人あたりGDP成長率はアメリカの2倍と試算した。つまり現在/今後もメキシコからアメリカへと移住するインセンティブは著しく下がっていると考えられる。

人口が過剰な途上国から不足気味な先進国への労働移動が起こるというのがこれまでの一つの移民の傾向だったが、世界的に人口成長率の低下が続き自国内労働者が少なくなれば就労機会をめぐる競争も緩和され、国を移動する必要がなくなる可能性が高い。そうなれば、移民の制限をいくら緩和しようが意味はないし、(特にメキシコの)不法移民をめぐるアメリカの問題も放っておけば時間が解決してくれるものかもしれない(壁もいらない)。というあたりは、本書では何度か話題にのぼることはあっても本格的にデータを上げて議論されていくわけではないので、残念ではある。

おわりに

文化的/経済的な側面、犯罪率との相関など、移民をめぐる問題は多岐に渡るため一冊で全ての議論され尽くしているわけではないが、本書は移民についての基礎的な知識を得、感情論ではなくデータに基づいた議論をするためにはまず読んでおいたほうが良いといえる内容に仕上がっている。複数人の著者によっていくつかの点で意見が分かれるのも、移民問題については良いバランスとなって現れているように思う。