- 作者: 黒石迩守,Jakub Rozalski
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/11/22
- メディア: 文庫
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いわばサイバーパンクアーマードコア伝奇SFという感じで*1、新しいと思ったのは、そんな混ざりそうもない要素が奇跡の融合を果たして、奔流のように押し寄せてくること、それ自体についてである。とっつきづらいサイバーパンクを現代のアニメネタや軽い会話劇で中和する手際に対してはこれだ! と思ったし、発達した科学による事象が魔術じみた挙動をする"情報魔術"を筆頭とするSFと魔術の融合した設定の数々に、サイバーパンクと現代伝奇の圧倒的な相性の良さを感じ震えがきた。
まあ、本書を読んだ人の誰もが絶賛するかといえばそうとも思えないのだが。冒頭から"これはこういう作品ですので"と突きつけてくるので、ちょっと引用してみよう。
生まれたときから太陽は平面だった。
地下都市の天井の空に作られた人工太陽は、"混沌"から光を抽出し、広大な地下空間を照らしている。"混沌"は地表に充ちてあらゆる存在を呑みこみ分解し、人類が積みあげた歴史を塗りつぶした。
序列第三位国家イラの第三都市ルプスは、典型的なシリンダ型の環境建築物だ。自己完結した生態系を持つ巨大都市は、地上都市と地下都市に分かれて約一〇〇〇万の人間が暮らしている。八割の人間が地下の労働者階級であり、残る二割が地上で生活することを許された資本階級だ。地上と地下を繋ぎ支えるために建造された枢軸が、人を遠くから見下ろすように一〇キロメートル間隔でぼやけていた。頂上部は地下都市から見上げた空に溶け込み消えている。
輝く疑似太陽は、権力の象徴だ。過去の戦争の終わりに、技術者たちによって分割された、地球惑星の記録を格納している固定球体駆動記憶装置の論理区画がその歴史を物語っている。
と──こんな感じで「ルビを振って造語つくる為に小説書いてますんで!」ぐらいの勢いで進行していくので、この時点でグエッと思う人がいるのは仕方がないだろう。
ついでに舞台背景とかあらすじの説明
引用ついでに世界設定を簡単に紹介していくと、舞台となるのは"混沌"と呼ばれる事象によって地表が覆われ崩壊した地球で、人類は身体を生体コンピュータと化し生き延びたが、引用部にあるように明確な階層社会が築き上げられている。
そもそも生体コンピュータ化したのは人類技術発展の末というよりかは、機械仕掛けの生物(CEM)の出現とそれとのホモ・サピエンスの同化によってであり、CEMは地球とも同化をしたおかげで人類は"地球という惑星に蓄えられていたすべての情報を使用できる"ようになったというかなり大掛かりな舞台背景が(それも、これでもまだほんの一部だ)用意され初っ端から情報が滝のように読者へと叩きつけられる。
世界には第七位までの序列のついた七国家が存在しているが、物語の主人公になるのはその外部で"ギルド"に属する少年と少女だ。この二人がまだ見ぬ世界を見たいと望み、"混沌"の中を突っ切って──"海"を目指すことで、世界の真の姿を知り、新たな戦争を引き起こす大事件に繋がっていく。とはいえ"海"はいわば発端、きっかけにすぎない。物語を駆動するのはこの混沌に満ちた世界で、まだ見ぬものを見たいという、シンプルで清新な知的好奇心そのものだ。それだけにプロットは力強い。
設定、設定、戦闘
中心となる少年と少女が物語中盤でいったん後景に引き、ギルドの大人や他国家を前景とした話が展開するなど青春小説としては弱く(一方で世界の広がりをみせているのでこれはこれでアリ)なっている部分など良し悪しもあるのだが、それはそれとして、(プロットと)同時に本書を牽引していくのは設定、設定、圧巻の戦闘である。
情報量を無限に増大させ、増大に耐えられる情報強度を持たない存在を分解してしまう"混沌"、そこに踏み込める特異な存在である人型有人兵器を用いて行われる戦闘は最初に書いたようにまるでアーマードコアをプレイしているかのようだし、『KUネット上の最高階層の『生命』から、CEMプロトコルで地球と情報通信すれば、物理空間で超常現象が起こせる』という理論で生み出される"情報魔術"を用いた戦闘は、SFと魔術戦が入り混じった表現し難い独特のおもしろさにつながっている。
たとえば質量そのものを変換することで膨大なエネルギーを出力する『馬鹿でも走る速度法度』使用者と、未来から現在へと到達する阿毘達磨の時間を、渦を巻いているかのように迂回させることで結果的に自分自身を加速するわけのわからん理屈の『反復遅延因加速』使用者とのバトルは半端ないケレン味に満ちた好マッチングだ。このへん、理屈の説明が能力の相性/勝敗に繋がるSF×能力バトル物の系譜である。
ロボバトルあり、能力バトルあり、魂をめぐる議論、身体を失い情報体となった者の末路、この破滅的な世界に至る経緯、人類その物に敵対する高次元存在の登場と、こうした全ての無数の議論と独自世界の成立過程を徹底的にぶち込んだ上で違和感なく結合されていく。それを表現する文体は、意外にも見事に情景が浮かび上がってくる映像的な物で、第6部ラストシーンの演出はあまりにも美しく物語を締めてくれる。