裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 宮澤伊織,shirakaba
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/02/23
- メディア: 文庫
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そのうえ、僕はさっぱり知らなかったが「くねくね」や「八尺様」などの実話怪談が裏世界では実際に存在し──と、とにかくストルガツキー兄弟の『ストーカー』やら百合やら実話怪談やらと著者が好きなんだろうな〜〜と思わせる要素が山盛りに詰め込まれており、二人の微笑ましいやりとりとノリのいい一人称もあいまってただひたすらに読んでいて楽しい一冊である。たとえば冒頭の一節をひくとこんなかんじ。
私は丈の高い草が生い茂る中、仰向けに倒れ込んでいる。草の根元は水没しているから、私の背中側も水に浸かっている。いわゆる半身浴。いや違う。違います。いわゆらない。どっちかというとスーパー銭湯にある「寝湯」に近い。ただし水深が二十センチちょっとあるので、がんばって顔を水面の上に出しておかないと水が鼻と口に流れ込んでくる。そんな寝湯はないし、あったとしたらそれは水攻めの拷問だ。デス寝湯である。
かなり軽い口調だが、裏世界が安全なわけではない。現実に存在するいくつかの入り口(潰れた店舗の後ろとか)から入ることのできるこの世界では、空間の接続もおかしいし(ちょっと移動しただけで大宮から神保町まで出てしまったりする)人の気配もほぼない。命を奪いかねない不可思議な怪異や、消し炭になるような罠もある。銃も時折落ちており、軍隊かそれに類するものの達も入っていることを伺わせる。
仁科鳥子は自身をそこに連れて行ってくれた女性を探すためこの裏世界に何度も入ってきており(ついでにここでとれるアイテムを外で売りさばくため)、彼女と出会った紙超空魚はなし崩し的に同行することになり──という感じで冒険がはじまり、一巻通して二人が確固たる友人となっていく物語ともいえる。
連作短篇的に実話怪談をめぐっていく
元々はSFマガジンで連載していたのもあって、「ファイル1 くねくねハンティング」「ファイル2 八尺様サバイバル」「ファイル3 ステーション・フェブラリー」というように一章ごとに一つの実話怪談怪異と遭遇し、これに対処する連作短篇のようなつくりになっている。もとが実話怪談だからかもしれないが、妙に生っぽく(うまい表現が見つからない)裏世界の性質がわからない事もあいまってやけに怖い。
それでいて怪異への対処の仕方は理屈/ルールが通っておりきちんとSFとしておもしろい。それは『〈裏側〉の生き物を狩るなら、〈裏側〉の理屈や法則にこっちから歩み寄らなきゃならないんだと思う』と作中では表現される。
たとえば見続けることそれ自体に理解不能なリスクがある(理解したらヤバいことを理解しそうになる)くねくねとの戦いでは、なぜか相手に攻撃を当てても何の反応もないことが問題となる。相手は怪異なんだから当てても何も起こらないのは当然だろと思うかもしれないが、初戦は塩を当てることが出来て撃退しているのである。
では一回目と二回目で何が違ったのか──? という考察を、相手の姿を直視し狂いそうになりながらも導き出し(一応伏せておくが、認識に関する攻略法である)スマートに攻略してみせる。ファイル2ではより専門的な知識を持つおっさんと八尺様に遭遇し、ファイル3では迷い込んだ在日米軍と共闘し──とそれぞれゲストを迎えながらこの不可思議な世界をおおむね理屈(とマカロフなどの銃)を武器に探検していく。
この「裏世界」のことを簡単に解き明かしてしまっては話としては終わってしまうわけで、一つ一つの実話怪談をフックとして用いることで理屈を伴いつつ怪異譚とゾーン物を両立させているのが話の構築としては抜群にうまい。そして、軽くはあるものの『ストーカー』や最近だとヴァンダミアの『全滅領域』から始まるサザーン・リーチ三部作のようなゾーン物のおもしろさを明確に引き継ぎつつ、可愛い女の子たちの冒険を堪能できるわけで、それはまあ問答無用で楽しいよね。
おわりに
最終章となる「ファイル4 時間、空間、おっさん」は書き下ろしで、この裏世界の秘密の一端に迫ってみせる。理屈の通らなさこそが恐怖の本質であって、理屈で世界を構築するSFとは相性が悪いと思っていたが、最終的に本書は"恐怖の理屈"ともいえる部分を物語として取り込んでおり「うまいことやったなあ」と感心してしまった。
まだ語られていない部分も残っているし、構造的に続けやすいのでもう少し続いて欲しいところ。二人のこの先の関係性をもっと読んでみたいものだ。あ、ちなみに最近だとヴァンダミアのサザーン・リーチ三部作は傑作なので本書(裏世界の方)が気に入った人にはついでにオススメしておきます。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp