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世にも珍しいキノコ小説アンソロジー──『FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー』

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)

  • 作者: オリン・グレイ,シルヴィア・モレーノ=ガルシア,飯沢耕太郎,野村芳夫
  • 出版社/メーカー: Pヴァイン
  • 発売日: 2017/03/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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世にも珍しいキノコ小説アンソロジー集である。収録作にはスチームパンクあり、現代物あり、ホラー/怪奇小説あり、ゾンビいくつもあり、異世界転生風ファンタジィあり、となんでもござれで愉しい作品が揃っている。ちなみに目次を見比ると、原書では1巻本のところを、邦訳版は2分冊している。だから第Iコロニーなのだ。

それにしてもなぜキノコ小説アンソロジーなんてものが作られねばならないのか? そもそも寄稿者がよくもこれだけ(第Iコロニーだけで11人)集まったものだなと菌類に対する特別な興味も愛情も持っていない僕は(食べるのは好きだけど)疑問に思ったが、世の中にはきのこを愛する人達はけっこういるようである。本書の編者も当然ながらそうした菌類愛好者たちである。序文を一部引用しよう。

 当然ながら疑問は、"なぜ菌類のアンソロジーをまとめるのか?"に向けられる。その一番手っ取り早い答は、わたしたち編者の知る限り、かつて誰も編纂しなかったからだ。怪奇小説の歴史には、菌糸体のように細くとも容易に切れない糸が通っている。この菌糸はウィリアム・ホープ・ホジスンの海洋恐怖小説、なかんずくキノコ恐怖小説の決定打「夜の声」の朽ちかけた廃船や海藻ひしめく海域にしっかりと根づいたのである。それは歳月を経てハワード・フィリップス・ラヴクラフト、レイ・ブラッドベリ、スティーブン・キング、ブライアン・ラムリーといった作家から、本アンソロジーに作品を収録した書き手に至るまで、子実体、すなわちキノコの豊かなみのりをもたらした。

執筆陣にはSF界隈ではよく名の知られたラヴィ・ティドハーやジェフ・ヴァンダミアの名前も執筆陣にはあり、それ以外の書き手も怪奇小説家からファンタジィを得意とする人まで、気鋭の作家が揃っている。しかも訳者の方も指摘しているが、素晴らしいことに、執筆者はみなそれぞれ菌類に対する愛があるように読めて、おざなりにキノコ要素を小説に入れておきました、みたいな作品はまったくない。

それでは全11篇を簡単に紹介してみよう。

菌糸/ジョン・ランガン

トップバッターに相応しい、オーソドックスなキノコ怪奇短篇。父親の様子が徐々におかしくなり、息子がその様子を探りに地下室へと降りていくとそこには──。人間であったものが変質してゆく、生々しい描写が見事である。

白い手/ラヴィ・ティドハー

菌類が強い勢力を誇って世界に広がっている状況を歴史語りとして書いた菌類史。非感覚菌類、感覚菌類、菌類神話、菌紀元945年の人類−菌類協定 など読んだだけで強烈に惹きつけられるワードと与太話が連続していく。本作の中では特に好きな一篇

甘きトリュフの娘/カミール・アレクサ

アミガサタケ、シイタケ、クリミニ博士が試験運用中の生体潜水装置に乗り込んで少探検をはじめたら、予想外の事態が起こって──という海洋冒険譚。読み進めていくうちに潜水装置のキノコ的な機構や世界の特殊性が顕になっていくのがおもしろい。

咲き残りのサルビア/アンドルー・ペン・ロマイン

キノコ短篇にして西部劇。菌類の賞金稼ぎである越境者(ビヨンダー)や肺の中に小さな虫が生じる"煙霧肺"、魔法など特殊な設定がいくつも出てきてアクションもおもしろいがなぜキノコで西部劇をやろうと思ったのかと強烈な違和感が残る作品である。

パルテンの巡礼者/クリストファー・ライス

特殊なキノコを食べてトリップすると異世界に飛んでしまう。はまり込んだカップルが異世界に入り浸るようになって──というキノコ版異世界転生みたいな話である。

真夜中のマッシュランプ/W・H・パグマイア

こっちもきのこの幻覚を産む性質を利用した一篇。まったくの異世界にトリップするのではなく、現実と幻想が入り混じっていく怪奇/ゴシック短篇である。

ラウル・クム(知られざる恐怖)/スティーヴ・バーマン

ここではじめてゾンビ要素が出現する。ノンフィクション調でメキシコ南部の密林で発生した、人に寄生してゾンビ化させる菌類の存在が語られる。

屍口と胞子鼻/ジェフ・ヴァンダミア

菌に支配されているっぽい世界でのハードボイルド探偵譚。何かを調査するわけではなく、死にかけているキノコ男と探偵との短い邂逅を描く。わずかに描かれる世界観が抜群に魅力的な短篇(ショートショートぐらいの短さだけど)である。

山羊嫁/リチャード・ガヴィン

そうと意識する間もなく徐々に菌類におかされ、旧弊な価値観や迷信が支配する価値観などが相まって悲惨なことになっていく村を描く。良い怪奇小説。

タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ/モリー・タンザー&ジェシー・ブリントン

ネコやネズミなどが喋り、国家をつくっている世界で、意匠陰毛細工師のネコであるタビー・マクマンガスを中心に描く。菌類要素だけでもよくわからないのにネコ宮廷とか意匠細毛細工師とかわけのわからない要素が山盛りにされた一品。

野生のキノコ/ジェーン・ヘルテンシュタイン

チェコからアメリカに移民としてやってきた娘が語るキノコ狩りと父親の話。チェコにはキノコ狩りの風習があるらしく、それがこの家族がキノコに取り憑かれていく展開に密接に関係していくわけであるが、絡め方が見事。

おわりに

一通り読み終えてみると菌類小説の特徴が見えてくる。匂いの描写が多かったりやけに印象に残ったり、小説家に人気のキノコが判明したり、ゾンビとの相性が良かったり、幻覚/幸福感、自分/他者が変質していくことへの恐怖──などなど。

どういう人が買いたいと思うのかよくわからないが、キノコ小説に興味がある人はマストバイだろう(そりゃそうだ)。あ、あと読まなくても買っても良いと思うぐらいに装丁が抜群にカッコいいのは素晴らしい点。第Ⅱコロニーが楽しみだ。