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読むと思わず検査を受けたくなる一冊──『心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで』

心を操る寄生生物 :  感情から文化・社会まで

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで

この世には多くの寄生生物がいるが、とりわけの嫌悪と注目を集めるのは、寄生先のコントロールを奪うタイプの寄生生物なのではないだろうか。他者をコントロールするタイプの寄生生物は、フィクションでもだいたい人類の敵である。本書はそんな嫌われものの寄生生物たちについて書かれた一冊だが、これがめっちゃおもしろい。

思わず目をそむけたくなるようなエピソードだらけなのだけれども、だからこそ惹きつけられてしまう。"いったいどうやって寄生しているのか"からはじまって、"寄生することでどのように利益を得ているのか"、また"どのようにして宿主のコントロールを奪うのか"まで含め多種多様で凄まじくグロテスクだ。その上、最終的には我々人間も寄生生物によって行動を操られている可能性にまで話は広がっていく。

ゾっとする寄生エピソード

無数の寄生生物のエピソードが語られていく本書だが、まず有名ドコロからいくと、ハリガネムシがいる。こいつらの寄生方法は、コオロギやバッタの体内に巣食い、体内を食い尽くすと宿主を水中に飛び込ませる。ハリガネムシは水中に飛び込んだら、そこで交尾をして、産まれた幼虫は泳ぎ回って蚊の幼虫の体内に寄生し、成虫になった蚊がコオロギやバッタに食べられることで、ライフサイクルを完成させる(うげ)。

しかしどうやって水中へと誘導しているのだろうか? これについてはまだわかっていないことも多いが、寄生されたコオロギは寄生されていないコオロギとくらべて視力に関わるタンパク質の量が多く、寄生コオロギは通常のコオロギよりも光に引きつけられるようになっていたという。その結果として、夜になって明かりがなくなると、月の光が反射する水に引きつけられるのではないかという仮説も出されている。

実はこの宿主を操って"水に飛び込ませる"点において、人間にも同様の効果を発揮する寄生生物がいる。主にスーダンに生息しているギニア虫がそれだ。こいつらは体内に入ると体の末端部分(大抵足かふくらはぎ)に向かい、幼虫を身ごもると、人間の皮膚のすぐ下まで這い上がってくる。その際に酸を放出し、宿主である人間の皮膚に痛みとかゆみを同時に発生させる。もちろんその後どうするかはその人間の気分と状況によるわけだが、近くに水場があった場合患部を水に浸すこともあるだろう。

そうするとギニア虫は水の環境を感じ取って、皮膚を打ち破って口から幼虫を吐き出す(うげえ)。"水場に行く"こと自体は自発的に決定していても、その要因をつくって誘導しているのがギニア虫なので、この場合は人間も寄生生物に行動を操られているともいえる。もっとも今では、環境の整備が整って一年間でギニア虫への感染例は100件以下になっているそうだが、いやはや絶対に寄生されたくないものである。

宿主の行動だけでなく、外見まで変えてしまうのが扁形動物ロイコクロリディウムだ。こいつらはカタツムリに寄生すると、まず脳を占領し触覚に侵入する。触覚の中で成長するので、触覚がどんどん大きく膨らんでいき、表面の皮が薄くなるので、中の寄生生物が外からよくみえるそうだ。姿が変化するにつれて、カタツムリはより行動的になり、夜行性のライフスタイルを捨て、植物を登るようになる。そうすると鳥が大喜びでパクリと食べてしまい、ロイコクロリディウムは新たな宿主(鳥)を得る。

勘弁してくれ〜って感じだが、他にもゴキブリをゾンビ化してコントロール下におくエメラルドゴキブリバチなど無数の寄生生物らと研究成果が紹介されていく。どいつもこいつもオンリーワンな手法を持っているので読んでいてまったく飽きない。

人間も操られている?

さて、そうやって世界に"コントロールを奪う”タイプの寄生生物が溢れかえっていることを知ると俄然気になってくるのが"人間はどうなの?”ということだ。先程取り上げたようにギニア虫のようなタイプもいるし、凶暴性や性欲が増し、水を怖がるようになる狂犬病もありと、現時点で判明しているものだけでも様々なものがある。

とはいえ、判明している例はどれも"普段と全く違う”行動をとるせいで簡単にわかったが、行動が変わらなかったり、数値がほんの少し変わる程度だと、そもそも誰も寄生されていることにすら気づかないかもしれない。我々がそうと気づかないうちに、何者かに寄生され、行動をコントロールされているなんてことがあるんだろうか? 

これについて本書でも触れられているが、"研究している人もいる”程度の話がほとんどなので話半分に読んだほうがいいだろう。たとえば主にネコからヒトに感染するトキソプラズマ原虫を持っている人は、より危険な行動をとるようになり”労働災害の割合が高い”とか、自殺率と関係しているのではないか(感染者は自殺につながる特性を示す割合が有意に高い)とか、いろいろあるけれども、実験手法が残念だったり因果と相関がわけられていなかったりで、結論を出すには"まだ早い”といったところ。

ただ、たとえばイヌによく住み着いているトキソカラに感染すると、主に子供を対象にした実験で、行動障害、頭痛、途切れがちな睡眠、喘息から胃痛までの身体症状が抗体レベルと比較して高い数字になったり、学業成績が低い、多動性がある、散漫性が高いなどの悪い結果が出たりすることを示す多少信頼性が高い論文もある(これは2012年に4000人にのぼる子供を対象に認知機能評価テストをやっている)。

もしこれがもう少し確度の高い事実として広く認知されるようになると、トキソカラへの感染率の高さが地域ごとの格差にも繋がり得るなど(実際、アフリカ系アメリカ人の子供のほうが白人の場合よりも感染率が12パーセント高い23パーセントである)、知られざる寄生生物の実態が社会に与えるインパクトも大きいかもしれない。

おわりに

本書は他にも腸内細菌が人格や、食欲など人間の行動に与える影響はどのようなものか。本能的な嫌悪感がどのように生まれ、道徳や宗教や政治に影響を与えているのか。歴史的にみて感染症の発症率が高い地域では人々が内向的になり(よそ者を受け付けない)、発症率が低いと個人主義に近くなるというデータの相関もある程度みられる仮説など、今後の検証に期待が持てる論が多数述べられていく。

かなり怪しい研究でも「ありえるかもしれないね」と紹介しているパターンが多くてちょっと注意は必要だけれども、本としておもしろいのは確かなのでテーマ的に興味がある人はどうぞ。腸内細菌周りはだいたい『失われてゆく、我々の内なる細菌』(大変な名著である)で語られている内容なので、こっちもどうぞ。

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌