基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

知識やノウハウの分布から成長率を予測する──『情報と秩序:原子から経済までを動かす根本原理を求めて』

情報と秩序:原子から経済までを動かす根本原理を求めて

情報と秩序:原子から経済までを動かす根本原理を求めて

いろいろとしっくりこない一冊だ。

『宇宙はエネルギー、物質、情報でできている。』と壮大な始まり方をし、情報を基本的には「物理的秩序」という意味で使うといったり、シャノンをひきながら意味と情報を区別し、なぜ時間は不可逆なのかなど前半部では情報の本質的な議論をしていく。最初はワクワクさせられたものだが、後半の話とはあまり関係がない。

繰り返しが多く散漫で、たとえ話はわかりにくく、その上無駄に気取った読みづらい文章には(翻訳というか原文の問題)イライラさせられるし、「経済成長とはそもそも情報成長のひとつの表れにほかならない」という主張もだからなんなんだとしか思えず──と難癖ばかり思いつくのだが、それはそれとしておもしろいところはある。

何がおもしろいのか?

前半は情報とは何なのかとか、人間が作る製品は想像力を具象化したものだ、とかの話が続くが、後半の話とはあんまり関係がないので割愛する。発想としておもしろいな、と思ったのは、情報とは何なのかという最初の話を前提として行われる、経済についての話だ。前提となるところをざっと書き出すと下記のようになる。

  1. 複雑な製品を一から作り上げるには、知識やノウハウが必要である。
  2. ただし知識やノウハウは容易く伝達できるものではなく、長期間にわたって教えてもらわなければ出来ない物も多い。たとえば、(製品とは関係ないけど)一度も飛行機を運転したことがないのに本だけ読んでパイロットになるのは厳しい。
  3. パイロットになりたければすでに経験のある人から教えてもらうことが必要だろう。そのため、経験的な知識の習得については経験者を一定数必要とするので、地域的な偏りが生まれる(知識の保有者が少なければ知識も広まらない)。
  4. また、学習とは経験的なもので習得には時間がかかるので、個人が蓄積できる知識やノウハウの量には限度がある。たとえば一人の人間がiPhoneの部品をひとつひとつつくって、ソフトウェアまですべてを構築するのは到底不可能だ。
  5. 本書ではひとりの人間が蓄積できる知識やノウハウの量を、基本的な測定単位としてパーソンバイトと呼んでいる。

複雑な製品を作る能力は地理的にバラついているが(たとえばアフリカの企業がいきなりそこでiPhoneをつくろうとおもっても無理だ)これは2,3が原因であり、それに関連して4の単位で計算することで、人数あたりの生産ネットワークの規模と、最終的に実現できる知識やノウハウの量が予測できるようになるのではないか、という。

もちろんパーソンバイトと経験的な知識の習得に関しての地域的な偏りだけでは予測のためには足りず、生産ネットワークをつくるにあたっての関係構築コストの大小、製品製作とは無関係なパーソンバイト量の消費(煩雑で不可避な手続きとか)などによっていくらでも変わってくるのだが、その点についても本書では触れている。たとえば気安く交流が行われるシリコンバレーのような環境であれば、知識の伝達はよりスムーズに行われるだろうし、閉鎖的な社会では知識の伝達は遅れるだろう。

知識やノウハウの分布をどうやって可視化するのか

さあ、そうはいっても知識やノウハウの分布を可視化するのは難しい。それを数字として表すには、知識やノウハウを間接的に表してくれる何かが必要だ。著者は、その間接的な何かとして、輸出産業の地理分布に目をつけてみせる。たとえば下着、シャツなどはどこでもつくれるので、あまり知識やノウハウを必要としないといえるだろう。逆に世界的に珍しい産業は、知識やノウハウをより多く必要とするとみなせる。

また、知識の性質からいって産業の発展は基本的にそれまで内部で培われてきた産業と類似するものへと展開していくことが予測される。つまり、『大量の知識やノウハウを蓄積するには、その知識やノウハウを具象化するための巨大な人々のネットワークが必要だ。そして、巨大なネットワークを移転したり複製したりするのは、少人数の集団を移転するほどラクではない。その結果、産業・立地ネットワークは入れ子構造をなし、国々は製品空間のなかで隣接する製品へと目を向けるのだ。』

とまあこの辺の理屈を用いて産業発展を予測しよう! という発想はおもしろいし、実現性が高そうである。パーソンバイトの発想も凄い。で、本書ではこの後、この理論を実行して、国家が輸出する製品の構成から、将来の所得水準をかなり正確に予測できる(要はノウハウの量が輸出製品でわかり、パーソンバイト理論と組み合わせれば成長率も予測できるから)というのだけどこれはなんかなあって感じ。

そのグラフは複数の指標を用いてはじき出した経済複雑性と、期待値として出されたひとり当たりGDPをプロットした物で、実際のGDPが期待値よりも上か下の国はその後10〜15年のスパンの成長率でみると期待値に近づき、高い予測性を示すという。で、その図だと経済複雑性指標と期待値GDPがもっとも高い国の一つが日本なんだよね。だが、出されているデータは1985年から2000年の物。原書刊行は2015年なんだからもっと新しいデータは出せなかったんだろうかと思ってしまう。

日本の経済複雑性が最も高く、そのためひとり当たりGDPの期待値も最も高いです、実際に1985年から2000年までの成長率をみると期待値にそっていますと言われても現状の日本をみるとうーんとしか思えないが、提示されている図は1985ー2000年の物なので今は違うのかもしれない。僕がよく理解できていない面もあるように思うが、しっくりこない話である。まあ、でもおもしろい部分はおもしろい一冊。