基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

奇妙なアンソロジー──『夜の夢見の川』

夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)

夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)

翻訳家である中村融さんが編者となって、〈奇妙な味〉と呼ばれるタイプの作品を集めた日本オリジナルアンソロジー。15年に同じく創元推理文庫から『街角の書店』が出ているが、その続篇的な扱いである(無論、内容的な繋がりはない)。

ちなみに"奇妙な味"とはジャンル名ではなく、複数ジャンルを横断する、展開が割り切れなかったり展開が異様だったりといった作品傾向を示すもの。まあ、本書を読めば「ああ、こういうもののことを奇妙な味っていうんだな」と一発で理解できるだろう。あるいは、この記事を読んでもある程度わかるようにするつもりである。

本書には12篇収録されており、そのうち本邦初訳は5篇。登場作家には『人間以上』のシオドア・スタージョン、ブラウン神父のG・K・チェスタトンあたりが揃っているけれども、知名度的には劣るケイト・ウィルヘルムやクリストファー・ファウラーなど、他作家陣もまったくひけをとらないおもしろさ。読んだことのない作家の作品や、埋もれていた作品を知れるのもこうしたアンソロジー物の大きな魅力といえる。

奇妙な味のおもしろさ

奇妙な味のおもしろさはどこにあるのか。「奇妙なところです」で済ませてしまってもいいわけだけれども、理屈でわりきれない、明確な解釈がもたらされない(もたらされるものもある)、独特の読後感がまず良い。何より個人的に好きなのは自分が今読んでいる物語が、どこに転んでいくのかさっぱりわからない不安定さにある。

見たこともない犬種の猟犬が現れたり、刺されても血が出ない人間が出てきたりと奇妙な味系の作品にはおおむね「なにかおかしなこと」が起こる。その事象はホラー装置なのか、幻想譚なのか、SFなのか、そっくりそのまま現実なのか。異常な事態、それが"なんなのか"がわからないままに揺らぎながら進んでいく物語の不安定さ、不気味さが好きなのだ。そして、そうした作品傾向は、長くは引っ張らずに短く走り抜ける短篇とは特によく合っているので必然的にアンソロジーもおもしろくなる。

下記でいくつか収録作を紹介しよう。

何篇か紹介する

クリストファー・ファウラー「麻酔」はまさに奇妙な味の体現者のような短篇だ。

歯医者にいって麻酔を打ってもらい、意識を保ったまま身体を委ねると、突如サイコパスじみた言動をしだす医者によって抵抗もできぬまま口の中をいいように切られ、器具を突っ込まれ、口から溢れるように血が流れ出す──。歯医者には何か目的があるのか、それともただ単に人の口をめちゃくちゃにするのが好きな異常者なのか。身動きもとれぬまま口の中をいじくりまわされるのはたとえまともな歯医者であっても恐ろしいものだが、相手が理解不可能な行動を取り始めると本当に怖い。

ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」は珠玉のコレクター奇譚で、かつていじめられっ子だった極度の収集癖のある男が行き着いた、特異な境地が恐怖と共に描かれる一篇。フィリス・アイゼンシュタイン「終わりの始まり」は、死んだはずの母から電話がかかってきて、兄弟らに連絡をとると彼らはみな母親は死んでいないと言い張り現実感が失われていく。幻想譚かSFか、はたまたただ自分の記憶がおかしくなっていただけなのか──と最初から最後まで現実感が強烈に揺さぶられる一篇だ。

ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」は、夫に付き従って今まで自分の望みをほとんど言ってこなかった女性の元に現れる、二匹の銀の犬についてのお話。夫を讃えながらも、不満が積み重なっていく女性心理、自分に執着してそれ以外の人間に目もくれない謎の美しい犬への恐怖、封印していた父への記憶──など複数要素が見事に混ざり合ってラストへと結実する。ウィルヘルムの洗練された技術が味わえる秀作だ。

シオドア・スタージョン「心臓」は心地よい割り切れなさが印象に残る小品で、愛する人を貧弱な心臓のせいで失いかけた女性が、彼の心臓へと憎しみをこめてナイフを突き立てた時に起こる奇妙としか言いようがない顛末を描く。フィリップ・ホセ・ファーマー「アケロンの騒動」はウェスタン物。女を取り合って殺されてしまった男が、最新の科学技術によって突如復活を果たす。果たしてこの技術は本物(SF)なのか、あるいは幻想譚か現実か? これはオチですっきりするタイプのお話である。

ロバート・エイクマン「剣」は次々と観客が女性の身体に剣を突き立てていくが、一切血のでない不可思議なショーについての物語。異様な雰囲気の描写がひたすら心地よく、色々と解釈が可能だが、最後まで読んでもその決定打はもたらされない。

カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」は護送車の事故によってとある屋敷に逃げ延びた女性が体験する不可思議な状況を通して、狂気と正気が判別不可能に入り混じっていく。狂っているのは彼女か、はたまた屋敷の住人か。架空の戯曲、フラッシュバックする異常な記憶などすべての要素が収束するラストがまた素晴らしい。

おわりに

中篇と短篇が程よくミックスされ、心地よい割り切れなさの残る作品が高いレベルで揃っている。本書を読めば奇妙な味とは何なのかが即座に理解できるし、そのおもしろさも無数の側面から体感できるだろう。有名どころだけではなく埋もれた名作、知られざる秀作を集めてきており、一言で言えば──良いアンソロジーだ。

街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)

街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)