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約15万円の講座を圧縮して読めるハイパフォーマンスな一冊──『SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録』

SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録

SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録

  • 作者: 大森望,東浩紀,長谷敏司,冲方丁,藤井太洋,宮内悠介,法月綸太郎,新井素子,円城塔,小川一水,山田正紀
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/04/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書は東浩紀さん率いるゲンロンで一年間開催されていた、大森望さんによるSF創作講座をまとめた一冊になる。受講料は第一期が148000円、第二期が168000円(税別)となかなかのお値段がするが(とはいえ、物にもよるがこの手の講義からするとお手頃だと思う)、内容の充実度、その場所で副次的に得られるものを考えると安いものだろう。なにしろ、募集開始から枠がすぐに埋まってしまうのだから。

創作講座の充実度。

(ゲンロンの回し者のように見えるとアレだが)SF創作講座から得られるものを率直に考えてみると、まず講師陣が圧倒的。大森望さんが主任講師だが、色んな意味で日本SF界の中心にいるといえる人なので、その周囲をウロウロするだけで人脈が増える。実力ありきの世界とはいえ、人脈はないよりはあったほうが良い。面識があった方がまず何かあった時の頼みやすさ、頭に浮かぶかどうかってのが全然違うしね。

そして各回の講義にやってくる作家、編集者らがまた豪華だ。作家陣は長谷敏司、冲方丁、藤井太洋、宮内悠介、法月倫太郎、新井素子、円城塔、小川一水、山田正紀と小説で金をガンガン稼いでいる人たちで説明も不要だろうが、その裏方である編集陣もみんな凄い。仮に日本でSFを書きたくて、何らかの手段でデビューしたり、それに類することになった時、必ず関わり合いになってくる人たちが揃っているのだ。

講義の仕組み

本の内容に入る前に、ざっと講義の仕組みを紹介しておこう。講義は月に1回行われ、まず1コマ目に上述のゲスト講師による講義が行われる。2コマ目では受講者から提出された梗概に対する講評がなされ、選ばれた上位三篇は梗概の実作に進み、最後の3コマ目でその回に書かれてきた実作短篇への講評が行われる。

作家陣の講義は、実作にあたっての技術的な側面の指導はもちろん、企画を通すための梗概の重要性、執筆ツールは何を使っているのか(藤井太洋さんはScrivener)、純文学の選考員をやっている円城塔さんによる「ジャンル純文学の傾向と対策」など実践的かつ本質的な内容でめちゃくちゃおもしろい。正直、受講生らは小説を書かなくても、講義を聞けるだけで元がとれるだろう。とはいえ、その講義の内容の多くは本書で読める。約17万の講義が約1600円で楽しめるので、完全にコスパが良い。

本書の構成

基本的には各回の講演と講評が書き起こされていく。各回にはテーマが与えられており、たとえば第一回は東浩紀さん、編集者の小浜徹也さんにより"SFの定義"が。第三回ではゲストに冲方丁さんを迎え"構成"について講義が行われている。また、前回のゲストによって出された課題に対する、受講生の梗概も2篇収録。

梗概に関してはレベルが高いものもあれば低いものもあり、創作志望者の人は読んでいて「これなら自分の方が……」と意欲を掻き立てられる人も多いのではないか。そうでなくとも熱い創作論や未熟ながらも熱のある梗概を読めば、ついつい自分でも書きたくなってくるだろう。プロではない人の梗概がたくさん読める機会は普通そう多くはないので*1、これはこれで貴重。ちなみに梗概も短篇も、Webにアップロードされており、無関係なウォッチャーも作品についてアレコレ論評できる。

僕も時折目に入ってくるので梗概や短篇を読んでいたが、いきなり他者の目と率直な評価に晒されるわけで、嫌な人は嫌だろうが、最終的にプロを目指す以上避けては通れない。何より、他人の評価を得なければ"客観的な評価"を自分の中に持つことは難しいので、マイナス面もあるのは間違いないが、より"実践的"ではあるのは確かだ。

講義の内容

さあ、というところで講義録の内容にも触れていこうとおもうが、とにかくどれもおもしろい! 冲方丁さんの回なんか、のっけから『今回、受講生のみなさんの梗概をせっせと読んだんですけど……これまでに「梗概とは何か」教えてもらいました? 梗概は「ひとまとまりの、読んですぐわかるもの」です。』〜〜『はっきり申し上げますが、新人賞受賞レベルの人は仕事の現場では使い物になりません。もう一段上にいかないとダメです。』、などなど全体的に直球過ぎて笑ってしまった。

宇宙SFについて語られた小川一水回では、『密度とか硬度、ヤング率、熱伝導率、導電率。日常的にそういうものを意識すると、宇宙SFだってものすごくリアルに、かつ簡単に書けるようになると思います。』と率直に本質的な部分が述べられている。長谷敏司回では星新一賞は「AIの応募を受け付けます」といっているが、実際に十万超えの応募作が送られてきたらどうするんだとか、魅力的な話題が連続するので、作家を目指さない、各作家らのファンが読んでも充分に楽しめるだろう。

技術的な側面への言及を取り上げだすとキリがないが、変な世界を描く時には『キャラクターの土台となっているこの現実とは別の常識を描いていけると、形が固まっていくと思います。』という長谷敏司さんの言だったり、冲方丁さんによる『冒頭で謎を作る』『書き手は結論を明確に抱いて、それを伏せる。』というテクニックであったりと、かなり基本的な部分の講義が充実しているのも、本書の価値をあげている。

とはいえ、やはり書かなければ。

とはいえ、いくら講義を受けようが、結局は自分で書いてみて、技術的な課題を明確に認識し、人に読ませその反応をみることで自分の中に客観的な基準をつくりあげ、一個一個技術を積み上げていく──創作に関してはそういう地道なプロセスでしか得られない物も多く、"書かなきゃはじまらない"のはどの創作講義でも同じこと。

ゲンロンのSF創作講座はそういう意味では、梗概から先に進むのは実力勝負だから、実作のサイクルという観点からは弱いなと思う──が、勝手に書いてくるのは自由だし講評をしてもらえる場合もあるので(そもそも梗概も自由提出だし)、結局はやる気勝負。2017年開始の第二期募集はもう満員で終了してしまっているが、来年、再来年も開講するはずなので、興味がある人は頭に入れておくといいだろう。

いやしかしSFコンテストに創元SF短篇賞に、カクヨムにはSF部門があるし、この創作講座もあいまって今日本SFシーンは非常に(読者としては)おもしろいですね。

*1:Web小説投稿サイトを読めばたくさん上がっているとも言えるか……