基本読書

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「生物とは何か」を問い直す──『生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像』

『巨大ウイルスと第4のドメイン』を筆頭に魅力的なウイルス論を書いてきた著者による最新作は、「生物」に対する見方を根底から覆す、最新のウイルス研究成果についての一冊だ。多くの野心的な仮説と、確かにそうかもと思わせる検証でぐっと惹きつけ、読み終えた時にはウイルスに対する考えが大きく変わっていることだろう。

まさにそれによって、「生物とは何か」「ウイルスとは何か」、そして「生物の進化とは何か」を問い直す「コペルニクス的な転回」を余儀なくされる、そんな存在こそが「巨大ウイルス」なのかもしれないのである。

内容的にはいくらか過去作との内容の重複もあるが、ウイルスとは何か、細菌との違いといった基本的なところの説明から、従来のウイルス観を覆す巨大ウイルスとは何か、その特異性とは──と話をつなげ、"そもそもウイルスの定義とはどうあるべきなのだろうか"と最終章にてこれまでのウイルスの常識を問い直していく構成になっており、ウイルス入門として読んでもいい。

まずは基礎的な説明

さて、いったいどんな事実が生命観に対するコペルニクス的な転回をもたらすのかと疑問に思うだろうが、その前にいくつか基本的な説明をしておこう。

たとえば、ウイルスは生物といえるのか。これは(細胞性生物としては)NOと考えられている。細胞性生物は「細胞からなり」「自己複製して」「自分で代謝活動を行う」ことができるものとされているが、ウイルスが行えるのは「自己複製すること」だけで、それ以外の能力は持っていない。つまり、細胞性生物とはいえない。

これは、ウイルスもタンパク質は持っているが、必要とするタンパク質を自力生成することはできないためだ。彼らは細胞性生物の中にもぐりこみ、そこのリボソーム(DNA(⇛mRNA)からタンパク質を合成する際に必要なもの)を利用して、生成することになる。他者への寄生が生存に不可欠で、この仕組みがいわば「感染」にあたる。

他にウイルスの特徴としては単純な構造しか持たないために、非常に「小さい」ということが挙げられるだろう。通常の光学顕微鏡では見ることさえできない。また、近年の学術的な成果として、ウイルスはインフルやらエボラの「人類の敵」のイメージとは反して、生物の進化上重要な役割を果たしてきたこともわかってきている。

『じつに、ヒトゲノムの最も大きな領域にあたる四〇%以上にもわたる部分は、かつてウイルス(ならびにそれとふるまいがよく似たもの)が感染した名残であると考えられている。』それも、これはただ無意味に痕跡として残っているだけではなく、胎盤の形成過程に関与する遺伝子としてなど、働いているものもある。

まとめると、ウイルスはとても小さく、リボソーム(タンパク質への翻訳システム)がなく、そのため細胞性生物の力を借りなければ自力では増殖不可能で、細胞性生物にとっては進化上の重要パートナーである……というところになるだろうが、そのどれもが本書の中では「最近の学説ではちょっと違うんですわ」と否定、あるいは変化が補足されていくことになる。ここからがコペルニクス的転回にあたる。

覆されていく定説

まず「ウイルスはとても小さい」ということだが、近年ミミウイルスやパンドラウイルスなど非常に大きなウイルスが発見されている。ゲノムサイズも大きく、最も小さな寄生性真核生物よりも大きなものさえ存在している。それが本書でも重要な立ち位置を担う「巨大ウイルス」だ。

デカイやつが見つかっただけで、何をそんなに驚くことがあるのか? と思うかもしれない。しかしパンドラウイルスが到達している「1マイクロメートル(0.001ミリメートル)」という大きさは従来、生物のみに許されてきたサイズだったのだ。『「ついにウイルスも生物と同じ土俵の上に足を踏み入れることに成功したのではないか」という、今から思えば、"淡い期待"を生物学者の脳裏に浮かび上がらせたといえば、だいたいイメージしていただけるのではないかと思う。』

驚きはこれだけではない。巨大ウイルスのひとつミミウイルスにはトランスファーRNA遺伝子やアミノアシルtRNA合成酸素遺伝子が備わっていることがわかったのだ。これは端的に説明すると、リボソームによるタンパク質生成に関係する遺伝子である。これまで細胞性生物しか持っていないとされていた機能を一部持っているわけなので、生物の根幹に踏み込んでいるようにみえるが、(リボソームはないので)これによってウイルスが細胞性生物への仲間入りができるわけではない。しかし、最新の研究成果によりウイルスと細胞生成物の壁は徐々に薄れつつあるといえるだろう。

従来、ウイルスは細胞性生物から派生した存在だと考えられてきた。しかし、それに真っ向から対立した、ウイルス(によって寄生先の細胞内でつくられる、自身のDNAの複製工場は、その機能が細胞核とよく似ているのだ。)こそが真核生物における細胞核の起源だとする、ウイルスによる細胞核形成説も本書では紹介される。仮にこれが正しいとすると、(一般的なイメージに反して)ウイルスは人類の敵どころか、そもそも彼らがいなければ真核生物が成立しなかったかもしれないのだ。

おわりに

片っ端から従来の定説を覆していく本書であるが、最終的にパトリック・フォルテール博士による従来のウイルス観を一変させる仮説を紹介しながら「ウイルス(の本体)は何なのか」までも引っくり返してみせる。その定義に従えば、確かにウイルスは生物以外の何物でもないと思える。

単独では複製が不可能などの理由から「生物ではない」とされてきたウイルスが「生物である」と言い切れるために、どんな理屈/検証が成されているのか──そのミステリーのように鮮やかなロジックは、ぜひ読んで確かめてもらいたい。異論も出るだろうが、物の見方自体は充分に納得のいくものだ。