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人類のせいでバナナがヤバイ──『世界からバナナがなくなるまえに: 食料危機に立ち向かう科学者たち』

世界からバナナがなくなるまえに: 食料危機に立ち向かう科学者たち

世界からバナナがなくなるまえに: 食料危機に立ち向かう科学者たち

最近、身の回りには食料が行き渡りすぎていて、逆に廃棄が問題になっているぐらいだ。だから、「食料危機」と言われてもピンとこないところはある。危機といっても店にいけばやっすいバナナがたくさん転がっているのだから。野菜は高いけど。

ところが現在、農業の拡大、遺伝子操作などの科学技術の進展、グローバリゼーションの時代の到来が相まって、食物の多様性はガンガン低下し、食料危機がいよいよ本格的にヤバイことになっている、というか今までもずっとヤバかった──と訴えかけるのが本書の大まかな内容である。『二〇一六年のカロリー供給は、世界のどこでも、かつてないほど限定された食物に依存するようになった。これまで科学者は、三〇万種を超える食物を命名し研究してきたが、人類が消費しているカロリーの八〇パーセントは一二種、九〇パーセントは一五種の植物から得られているにすぎない。』

食物が単一種に依存するのは商業的には合理的な流れである。たとえば最高にうまくて成長が早くて金になるバナナができれば、それ以外のバナナを作る理由なんかなくなってしまう。結果として、世界中で輸出用に栽培されているバナナのほぼすべてが遺伝的に同一なものとなった。『バナナは予測可能であり、どんなバナナもお互いに著しく似ている。要するに大きさにしろ、風味にしろ、はずれがないのである。』自然に存在するバナナはすっぱいバナナ、固いバナナ、柔らかいバナナなど多様であるが、人類が農業という形でそこに介入すると、多様性は失われてしまうのである。

危機1──病気に弱い。

「そもそも多様性の低下の何がマズイのか? 別にそれが効率的で、みんなが食っていけるのなら食べ物なんか究極的には3種類ぐらいでもええんじゃないの?」と正直言って食に対してほとんど興味のない僕なんかは思っていたこともあるけれど、実態としてはそれではマズイことがもう何十年も前から判明している。たとえば、同一の遺伝子でつくられているバナナらのどれか一本でも攻撃することのできる病原体が侵入すると、世界中で一斉に「生産中のバナナが死ぬ」という危険性がある。

実際これは発生しており、たとえばパナマ病菌と呼ばれる病気によって、当時主流だったグロスミシェル種のバナナは一度壊滅させられることになった。人類はある程度は賢いので、パナマ病菌に耐性のある新たな品種のバナナを発見し、バナナ危機をいったんは乗り越えることができた。しかし菌もまた変化を繰り返し、耐性のついたバナナを再度破壊するようになる。これは現在のところ止められないサイクルであり、ヒアリも入ってきたが、グローバリゼーションによって容易く病気が国から国へと移動してしまう現在、その驚異は日に日に増している──というのが危機1である。

危機2──テロ。

バナナを例にとって説明したが、多様性の低下による病気への抵抗力の低下はあらゆる食物にとって起こりえる事態である。ジャガイモもカカオも何度も病原体によって壊滅の危機に瀕している。これはそれだけ取り上げてもけっこうな驚異だが、"人為的に引き起こすことが容易である"という点もヤバイ。作物は広大な畑で栽培されるが、害虫や病原体は一箇所に放てば済むし、特殊な遺伝子操作とかをしなければ単に持っていって放つだけなので楽ちんである。しかも、犯人の特定はほぼ無理である。

危機3──気候変動。

毎日毎日暑くて死にそうだが、地球全体で温暖化が進んでいるらしい。あたりまえだがそうした周囲の環境に植物は影響を受ける。その時植物はどう抵抗すればいいのか。温暖化が進むにつれ温暖な地域の作物は北方に移動するなどの手段が考えられるが、現在熱帯の広大な土地はどうかという話にもなる。そこでは今後新たな気候が出現すると予測されているが、そこでどんな種が繁栄するのか、そもそも繁栄させられるのかといったところは今のところ不明である。より暑さに強い種がどこでも求められるようになるだろうが、その結果として単一種への依存はより強くなるだろう。

対抗策

と、全般的にヤバイわけであるけれども、対抗策も世界中でとられている。たとえば作物と他の生物が行っている自然な相互作用を、作物に有利な方向に変えるための学問はアグロエコロジーと呼称され確立しつつある。農業の発展のため世界中の作物の種子を収集し、種子コレクションを作り上げた植物学者や、種子の保存に注力する保全生物学者らもいる。深層学習を用いたアルゴリズムは病原体の特定を可能にし、昆虫の進化を計算に入れた食物への遺伝子操作も手段として考えられている。

ただ、そのどれをとっても長期的な解決手段であり、対症療法的に状況に応じて一手一手積み重ねていくしかない。本書は人類が危機に陥れてきた食物についての一冊であるが、同時にそうした状況へと対抗を続ける人々の物語でもある。食物や生態系周りの話は複雑な相互作用の上に成り立っており、人類はまだそのほとんどの側面を理解していない──という、「人類はいまだ何を知らないのか」のがわかるのも良い。

生態系については、生態系の自動調節機構について書かれた近著である『セレンゲティ・ルール』も参照してほしいところ。
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