- 作者: カルロ・ゼン,so-bin
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/08/07
- メディア: 文庫
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それというのも『幼女戦記』は、"魔法が存在する世界"ならではの戦記物として、理屈や魅せ方のレベルが異常に高い作品である。"ある設定が導入され全体が一変している"世界の構築力はそのまま"SFを書く力の証明"でもあると僕は勝手に思っているので、この人がSFを書いたらきっと面白い物になるだろうなと思ったのだった。
あらすじとか世界観とか
で、実際に読んでみたら当たり前のようにおもしろかった!
舞台となるのは地球人類が商連と呼ばれる異星の民と接触し、あっという間に支配され、隷属階級へと落とし込まれてしまった太陽系。大抵のミリタリーSFでは、人類は異星人に対して同等の戦いを展開するものだが、本作ではそんな勇猛な立ち位置は与えられない。初っ端からなすすべもなくやられており、人類は"ヤキトリ"と俗称される、異星種族の手駒となって戦う軌道降下兵としての役割を担うようになる。
人類は隷属階級に落ちたとは言え、状況としては"ろくな価値もなく、興味を持たれていない"というのが正確なところで、ヤキトリも強制徴兵ではなく希望制となっている。ただし人類は異星人に発見されたのち経済が大崩壊を起こし、仕事はろくになく、商連をひたすら恨みながら公共の福祉労働に就いている人が大半のようだ。
「……率直に言えば、我々は視界に入ってすらいない。一般的な商連人の視点から言えば地球上の原住知性体とは、メチルチラミロフェリニウムの同類だ。要するに、全く、興味をそそられる対象じゃない。」
そんな困窮した状況であるが故に地球人からヤキトリへの志願者は後を絶たず、"何も選ぶことができずに生きてきた"主人公アキラもそんな閉塞した日本社会から抜け出し、自分の人生を選び取るために、ヤキトリへと志願してみせる。ところがそれも(ヤキトリなんて俗称になるぐらいなので)また楽な道ではなく、ほとんど消耗品、道具としての扱いだ。活躍は期待されておらず、一回降下させたらそれでおしまい。
「降下作戦での死亡率は平均して7割。惑星降下までは、麗しき商連艦隊のおかげで2割程度と低消耗だが、地表では作戦参加部隊が全滅するか、成功するかの二つに一つだ」
アキラはそれでも尚志願し、新しい教育プログラムのテストも兼ねた、K321部隊を組むことになる。なんでも新しい訓練方法のために、"自分で考えられる"、"批判精神に富む"候補者を集めているらしく、集まったメンバーは多国籍の、やたらと癖の強い地球人たちである。必然、みなそれぞれの理由でヤキトリを志願した者たちであり、そんな絶望的な状況下でもなお、抗って生きようとする反骨精神に満ちている。つまるところ、本作は、"使い捨てにされる、持たざる者達"の叛逆の物語だ。
ぐっ、と俺は胸中で呻いてしまう。死にたくなんて、ない。俺は、生き残りたい。生き残って、俺を反社会的だなんだと見下してきた糞と屑ぞろいの連中を哂ってやるんだ。
「ヤキトリの死亡率は、凄まじく高い。記憶転写装置で知識一式を焼かれたほかの面々ですら、ああなんだ。僕は、最大限、抗ってから死にたい。僕は、僕が生きていたという証を残したいんだ。このままじゃ、どうしようもない。」
そもそも商連が何と戦っているのかについて、複数の列強と商連が微妙な関係にあるとか、3つの勢力がライバルとして存在しているとか、今後前景化してきそうな設定がいくつか明かされるものの、本書は主にアキラ達K321部隊の訓練に費やされる。
記憶の転写装置を用いたヤキトリらは訓練の成績はいいものの、実戦ではあまりに状況に最適化されすぎ、再利用が難しい。そこでK321部隊は最低限の記憶の転写のみを施され、いわば"チート"を使う他の訓練生たちと徒手空拳で戦っていく。ある意味特別な能力を持つ異世界転生者と現地人の戦いのようなものだが、それが結果的には様々な状況に適応できる再利用性の高い兵士となって、身を結ぶかもしれないのだ。
戦争と経済
で、こうやってあらすじや設定を紹介していくうちに幾分かは伝わったかと思うけれども、本書を貫いているロジックは"戦争と経済"にある。そもそもの物語の始まりからして経済的徴兵制の話であるし、K321部隊の面々は反骨精神が強すぎてソリが合わないが、お互いの"利益"のために行動する。彼らが新方式の訓練を行わされるのも、ヤキトリは一度の使い切りでは高コストのためという商連の経済的理由である。
アキラ達が腕の良い傭兵として扱われるようになっても、それは長持ちする、コスパの良い消耗品にランクアップしただけだ。果たしてアキラ達は消耗品としての扱いを抜け出ることができるのか? 今後どのような世界を望むのだろうか?(人類が宇宙の列強と渡り合う新勢力になるとか?)現時点ではまだその大きな絵は完全には見えていないが、終盤では今後のさらなる展開を思わせる発言と展開が発生し、"持たざる者達の物語"として今後ますます期待させてくれるシリーズ開幕篇である。
おわりに
電書もあるよ。でも表紙イラストも、デカデカと力強く書かれている「ヤキトリ」の赤文字も、めちゃくちゃカッコよくて本で所有したくなる一冊だ。
- 作者: カルロゼン
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/08/08
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