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1900年代のイギリスを舞台にした、紙に命吹き込む魔術師の物語──『紙の魔術師』

紙の魔術師 (ハヤカワ文庫FT)

紙の魔術師 (ハヤカワ文庫FT)

時は1900年代はじめ、鉄道が普及しはじめ電信機も用いられつつある、科学勃興の時代に、同時に魔術も一分野として発展している。魔術師の卵たちは専門の学校を出て、国家資格を取得することで、ガラス、金属、プラスチック、ゴム、それに紙など特定の物質と不可逆に結合し、それを通じてのみ魔術を使えるようになる。

本書『紙の魔術師』はそんな世界を舞台にした、三部作の第一部目。書名からもわかるとおり(「THE PAPER MAGICIAN」)紙の魔術師としてその道を歩み始める19歳の少女、シオニーの物語である。読みどころとしては、まず、魔術の道具として折り紙を用い、紙に命を吹き込むことで家でも犬でも作ってしまう紙の魔術師や魔術が無数の物質と分かちがたく結びついているという設定に個人的にぐっときてしまう。

それに加えてシオニーが文句を言いながらも(元々金属の魔術師になりたかったのに紙の魔術師にならざるをえなくなったから)師事する30代のクールな先生と共に暮らすうちにだんだんと心惹かれ、相手の闇のある過去を知っていくという流れはオーソドックスながらも魔術周りの設定とうまく組み合ってシンプルに楽しませてくれる。三部作の一部目とはいえ、もともと三部作構想はなかったとのことなので本書のみで綺麗に話もオチており、全体的に満足度の高い一冊だ(表紙デザインも素敵だし)。

簡単にあらすじとか設定のおもしろさとか

それでは簡単にあらすじなど紹介していこう。物語は魔術師養成学院の主席卒業者であるシオニーが、普通は専門の物質を選べるのに対象を「紙」に指定され、実習先として紙の魔術師のセインを訪れるところから始まる。何でも単純に紙の分野に残っている魔術師が残り12人で、強制的にでも振り分けて残す必要があるからだという。

魔術を極めるのにも時間や集中力が必要とされるのでそれぞれ専門が分かれているというの、ファンタジィや伝奇ではわりとよく出てくる設定だけど(その方がそれぞれの魔法やキャラクタの個性を際立たせやすいし便利なのだろう)、先も書いたようにそれが物質と結合しているのがおもしろい。ガラスや紙など、その対象が自然と魔術の特性となって個性を際立たせてくれるし、紙は何しろ文字を書くこともできれば、折ることができればどんな物にでも変身することのできる自由さがある。

折り術と呼ばれる紙の魔術に対して、シオニーは最初『折り術が消えゆく魔術になっているのは、紙を使ってできる技がまるで役に立たないからなのに。』と否定的な立場をとっているが、セインの元について折り紙や紙の魔術を学んでいくうちに「これっておもしろいかも」と紙の奥深い魅力に気づいていく構成が自然なのも(折り紙が身近な日本人からすると当たり前やんけという感じだけど)題材的なうまさだろう。

 セイン師は紙を凧のような形に折ってから、ひらいて細長い菱形にした。複雑すぎることはない。それでも、ほぼ完成するまで紙の中に鳥をみることはできなかった。台所に下がっている鳥たちではなく、長い首と尾、先端が完璧に尖るように折った幅広い三角形の翼を持つ鳥だ。
 セイン師はそれを手のひらに乗せてさしだすと言った。「息吹け」(……)
 紙の鳥は頭をゆらし、脚もないのにセイン師の手の上で一度はねてから、オレンジの翼を羽ばたかせて舞いあがった。図書室の中をひらひらと飛びまわり、本物の鳥のようにすばやく上下しながら空中を進む。シオニーは目をみはって見つめた。鳥は部屋を二回めぐったあと、書道の本がいろいろ置いてある高い本棚に止まった。

のように、描写は活き活きとしてとても心地よい。描写は全体的に最高で、メシマズで有名なイギリス、ロンドンとはいえ料理の場面なんかもやけに手がこんでいてうまそうに読める。で、このままほのぼの紙の魔術師修行篇のようにして一巻目が終わるのかと思いきや、いろいろときな臭い設定が出てきて話が大きく動き出すのである。

きな臭い設定と心臓を奪い合う戦い

たとえば、物質と結合する物質魔術は、物質を通してのみ実行することができるが、人間が人間を生むからには、人もまた人間が作り出した存在なのではないかという説があり、そこから黒魔術が始まったのだという。その関連として、紙やガラスを使うように人間の肉体を導管として扱う魔術は禁じられており、これを切断術というが、修行中のある日セインはこの切断術の使い手に襲われ、心臓を奪われてしまう。

実はこの切断術の使い手が、セインとも付き合いの深い馴染みの女性で、その時すでにセイン師匠へと惹かれつつあったシオニーは要するに「恋敵と心臓(ハート)を奪い合う」戦いへと身を投じていくことになる──という、一見したところギャグみたいな展開になるのだけど、これがめっぽうおもしろい。心臓を追う過程が、魔術戦の連続というよりかは、セインの過去を追体験していくことに繋がっているんだよね。

おわりに

前半は世界観の開陳、魔術の修行といった側面が強く、後半はセインへとシオニーが強く惹かれていく過程(ロマンス色)が強めなので純ファンタジィファンにはどうかなと思うところもあるけれども、そこが楽しめれば満足できる一冊だ。魔術と科学がどのように融合しているのかとか、別の魔術師の話が大変気になるので、早く第二部第三部(『硝子の魔術師』『真実の魔術師』)、が読んでみたいところ。ちなみにディズニーが映画化権を獲得しているとのことなので、刊行は問題なくされるでしょう。

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