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クトゥルー神話☓聖杯戦争──『虚ろなる十月の夜に』

虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)

虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)

ニュー・ウェーブの旗手、ロジャー・ゼラズニイ最晩年の作品がこの『虚ろなる十月の夜に』である。どのような作品か現代の読者に伝わりやすいように雑にまとめると、切り裂きジャックやドラキュラ伯爵にフランケンシュタイン、あの名探偵など次々と英霊(じゃないが)が出てきて、ハロウィンに向けて《閉じる者》と《開く者》の二陣営に分かれて戦い、その背後にはクトゥルー神話があって──というクトゥルー神話☓聖杯戦争(聖杯関係ないが)みたいなアレで、これがまあ抜群におもしろい。

二陣営に分かれるとはいっても、Fate/Apocryphaのように最初から陣営が分かれているわけではなく、街にいる誰がゲームに参加している者で、誰がどの陣営に所属しているのかといったことは明かされていない。なので、物語的には戦闘ではなく、情報収集や推測、読み合い/だまくらかし合いの比重が高い。新情報/新しい仮説の導入によって状況がくるくると回っていき、その上名探偵まで参戦することで、ファンタジィ/ミステリィ/SFなどなど無数の要素が混在していくのがまた楽しい。

物語の語り手となるのは切り裂きジャック──ではなく、切り裂きジャックのパートナーたる犬のスナッフ(マスターには必ず動物のパートナーがつくのだ。サーヴァn(ry 原語はコンパニオン)である。犬の語りなのでゼラズニイとしては淡々としているが会話は饒舌。特に終盤は喝采をあげたくなる格好いいやり取りが続き、大量のキャラクタがぱっぱと処理されていく。出てくる動物たちは犬のスナッフをはじめとして、猫にフクロウ、ネズミに黒蛇と多種多様。動物ごとに得意技も違っており、それぞれの流儀と手法でもってご主人さまのために情報を集め村に死体を増やす。

この手のバトル物だとたいてい参戦者らには特殊能力が不可されているものだが(だいたいドラキュラ相手に人間の切り裂きジャックは勝てないだろう)本書もあまり前景化こそしないもののそうした設定がある。切り裂きジャックはある種の儀礼刀を魔術的に操るし、スナッフは高度な演算能力による予測が行える。鎌を武器にするものもいれば、箒を持つものもいて、それとは別に魔道具、魔術もある。満月となる31日へ向け月が満ちてゆくにつれて力は上昇し、さらに日が経つにつれ行動が激化することで《開く者》と《閉じる者》のいずれかであることが明らかになってゆく。

 私は旧き神々について考えた。彼らの帰り道が開かれた時、物事はすっかり変ってしまうのだろう。超自然的な介入がなくとも、世界は良い場所にも厄介な場所にもなりうる。私たちは、自分なりのやり方を工夫して、我々にとっての善と悪を定義した。ある種の神々は、具体的に探し求めるのではなくて、個人が理想として追い求めるにはよいものだろう。旧きものどもについては、あのような超越的存在と関わったところで、いかなる利益も得られないだろうと思う。

会話が多いこともあってゼラズニイ作品の中では読みやすい本書だが、事態を把握するのはけっこう大変。なにしろ登場人物は基本的にペアで出てくるので数が多く、誰がプレイヤーなのかも霧の中、その上全員が陣営や思惑について嘘をついている可能性が高いので、いったいなにが"本当"なのかと常に疑いながら読むことになる。

だが、複雑な分、がんばって把握しながら読み進めていくと終盤のカタルシスもきっちり味わえる。聖杯戦争を引き合いに出したはいいが、バトルが多いわけではないので特にクトゥルー神話ファンにはオススメしたいところだ。