基本読書

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ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の、植物都市SF──『コルヌトピア』

コルヌトピア

コルヌトピア

本書『コルヌトピア』は第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作二作の内の一作。180ページあまりの短めの長篇で、欠点といえるようなものも挙げられるけれども、破綻なくまとまっており、本書で示されるヴィジョンと才能は紛うことなき本物だ。大賞のうちのもう一作『構造素子』がデビュー作にして練りに練られたいきなりの傑作であることを考えると、こちらの方がむしろ新人のデビュー作らしいとはいえる。

都市の情景の素晴らしさ

物語の舞台となるのは、植物の細胞で情報を読み書きできる技術の発明によって、植物コンピュータが生まれた2084年の未来。計算能力の高さはそのまま莫大なアドバンテージに繋がる。研究は進み、地中に埋設した連絡根毛によって植生を電気的に接続し、植生全体を環境センサを伴った計算資源として効率する〈フロラ〉技術が生まれ、それほど複雑でない土木工事だけで既存のシステムを遥かに上回る効率でスーパーコンピュータを使うことができるようになった結果、都市は緑に覆われてゆく。それが本書が冒頭から示してみせる圧巻のヴィジョンのひとつだ。

 東京都区部の地図が映し出される。
 そこには、大きく歪な環が描かれている。東は江戸川沿い、南は東京港湾臨海道路と多摩川沿い、西は環状八号線の外側、北は環状七号線の外側を結んだ、二十三区全体をほぼすっぽりと内包する直径三十キロメートルもの巨大環状緑地帯。東京に莫大な計算資源を提供する都市基幹フロラ、グリーンベルトだ。

冒頭からさまざまな視点からこの植物都市の情景が描き出されていくのだけれども、建物の情景を表すときには直径何メートルかという情報が入るなど、あくまでも客観的に都市の情景を描き出していく。SFでしか存在しえない情景なのだから、そうしたリアリティの出し方はとにかく素晴らしい。著者は東京大学大学院光学系研究科建築学専攻に在籍中ということで、専門も関係しているのだろう。描写、文体のタイプとしては森博嗣を思い起こさせるところだ(工学系の人間の描き方というか)。

 歩道の左手の先には、直径十メートルほどの陽溜まりがある。あのギャップも、おそらく計画的なものだろう。樹冠で頭上を塞がれた空間がそれでも意外と明るいのは、森林のなかにぽつぽつと日光が降り注ぐスポットがあるからだ。樹木や幹折れによって樹冠に穴があき、そこが天窓のような役割を果たしている。日の当たる林床では明るい場所でしか生育できない植物が生きられるため、周囲の比較的暗い場所とは異なる植物群落が発生する。そういった異質な場所が内部に斑状に生じることで、森林は組成が均質化することを免れているのだ。

この辺の描写も、淡々としているけれども"植物に覆われた都市"の具体的な情景を思い描く手助けとなってくれる。他にも、高効率の緑地発電研究、フロラが普及するに伴って建築の方向性はどう変っていったのか──などなどの社会全体としての変化が描きこまれていくので、"都市"だけを目当てに読んでもいいぐらいだ。

簡単にあらすじとか

とはいえ、本書は植物都市と人間の関係性の物語だ。フロラの設計企業に勤める主人公砂山淵彦は、フロラの計算資源が突如消失した異常事態を調査するうちに、フロラに組み込むことのできない花を咲かせる一年生植物をフロラにすることで、花で覆われた世界を見てみたいという女性研究者ヒタキと出会い、またかつて出会ったフロラに影響を受けて昏睡状態に陥ってしまう青年との関わりを思い返してゆく。

また、この世界では、ウムヴェルトという装置によって、脳の電気的システムとフロラの情報処理を繋げることができるのだが、"果たして人間は、ただ植物を利用するだけなのか"という問いかけも浮上してくる。植物にも知性があるのかどうかは兎も角として、周囲の動物や昆虫、植物同士で何らかの情報伝達を行なっているケースが多数報告されているのだから。『僕達人間もまた、攪乱を通じてフロラに働きかけ、レンダリングを通じてフロラの情報を受け取っている。』──というように、利用する一方だった人類と植物の関係も、物語が進むうちに新たな局面が訪れる。

弱いとこ

そうした物語の流れは非常にスマートで劇的だ。ただ、都市のイメージばかりが鮮烈に残り、肝心の"人間"が印象に残らず、うまいことバランスがとれていない。人物の背景/動機も薄く、みなどちらかといえば淡々としていて──とそのへんは選評指摘されていることがそのまんまなので、特にここで書くことでもないか(選評はSFマガジンか『構造素子』か本書を買わないとよめないから一応書いておくけど)。

おわりに

とはいえ、全体を見渡してみればいろいろな意味でうまい作品だな、というのが最終的な感想。自分の専門との関連で世界の骨格をつくり、破綻なくまとめるための小さめの物語で、それでいて出てきたヴィジョンは明確に"新しい"。180ページという短さも手伝って読みやすくもあるので、気になった時にサラッと読めるのも良いぞ。