- 作者: ダン・アッカーマン,小林啓倫
- 出版社/メーカー: 白揚社
- 発売日: 2017/11/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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僕もゲームボーイでやったり、ガラケーでったり、スマホでやったりと、様々な媒体でテトリスをやってきた。はたからみているとそんなにおもしろそうに見えないのだけど、やってみると意味がわからんぐらいハマってしまう。テトリスはそんな身近な存在だったので、その裏側、開発者が誰なのかといったことを気にしたことがなかったのだが、伝説的なゲームなのだから、そりゃその裏側にはいろいろある。
本書はソ連で開発されたテトリスがいかにして着想されたのか、それが世界に羽ばたいていった経緯、中でも日本に渡り、ゲームボーイに搭載されたのはなぜなのか──といった話をメインとして展開する一冊だ。もともと開発秘話の方に期待して読み始めたわけだけど、実態としては棒が落ちてきて、一列揃ったら消えるというシンプル極まりないゲームなのだからその部分のボリュームは多くはない。代わりに権利闘争の部分が大きく、そんなところ読んでもなあ──と思いきや、冷戦終結間際/冷戦終結直後のきな臭い時代が舞台になっておりこれがめっぽうおもしろい。
ライセンス契約を結びたくとも誰と交渉したらいいのかわからない、世界のビジネスから切り離されライセンス一つコントロールできないぐだぐだな社会主義国。その壁を突破しようと試みる凄腕なイカれたエージェントたち、何の権利も認められない悲惨な開発者など、当時のソ連をめぐるビジネスの状況や、テトリスの視点からみたセガvs任天堂のようにも読める(セガの出番はまるでないけど)。
テトリスの原型
テトリスの初期タイプが、画面上でテトリミノと名付けられたブロックを組み合わせて一定の形になるように組み合わせるという、シンプルな(そして明らかにつまらない)パズルゲーム「遺伝子工学」だったこと。そこから「プレイエリアをせまい通路のような形へと変えること」、「画面の上からピースが下へと落ちてくる」といった改良を加え、短い時間で最良の判断を下さなければいけないゲーム性が生まれた。
だがそれではあっという間に画面が埋まってしまってゲームも終わってしまう。その時に解決策としてもたらされたひらめき──"横の列がテトリミノで埋め尽くされ、隙間がなくなると、その列は単純に消える"──が一気にこの凡ゲーを神ゲーへと変えていくわけだが、順を追って説明されてみれば確かにそれ以外のアイディアはないとしか思えない。画面は有限で、無限にブロックを積み重ねていくわけにはいかないのだから、ステージを変えずにパズルゲームを遊び続けさせるためには、消すか画面をスクロールさせる(結局どっちも同じことだ)かしか方法はないのである。
そんなん当たり前やろ、と思うところだが、だがその当たり前のことを最初にやったからこそ当たり前のように世界的に普及し、生物のほとんどが酸素呼吸を取り入れているように、コピーゲームにもその形質が受け継がれていっているのであろう。
どうやって広まっていったのか
84年に開発されたテトリスは(何しろそこはソ連なのだから)すぐに広まったわけではない。しかし最初は同僚たちの間でプレイされ熱狂を引き起こし、開発者アレクセイ・パジトノフの元には二人の仲間が集まってくる。その時点ではまだ遺伝子工学という名前だった原テトリスは、そこではじめて「テトリミノ」と「テニス」を合わせテトリスと名付けられ、現在とコンセプト上はほぼおなじものが出来上がった。
だが、パジトノフにはそれを売るだけのビジネスモデルや経験はなかった(加えて、ソ連だし)。『自分の開発したゲームを売るビジネスモデル、あるいはプレイヤーによる購入を可能にするテクノロジーがなかったパジトノフにとって、残されていたのは「あげてしまう」という選択肢だけだった。そして中毒性のあるものをタダで配ると、それは野火のように広がって、コントロールできなくなる。』この、現代では一般的となった「無料で配る」モデルによってテトリスは物凄い勢いで広がっていくのだけれども、それが様々な困難とパジトノフへの不利益を生み出すのであった──。
権利闘争
ゲームがおもしろいのは確実だ。しかもテトリスは抽象的で、会話もストーリーもキャラクタもいないからローカライゼーションが必要なく、年代や性別をとわない、普遍的なゲームだ。となればどの国もその権利を欲しがるのは当たり前の話である。
日本側(任天堂)で権利闘争に参画したのは、日本初のファンタジィコンピュータRPG『ザ・ブラックオニキス』の開発者であるロジャースで、彼こそがまだ未発売だったゲームボーイにテトリスを入れるべきだと提案し、権利獲得のためにソ連へと渡ることになった人物である。ロジャースはそこで、ソ連側の権利者であるELORGのベリコフ、イギリス側のロバート・スタインやロバート・マクスウェルとの交渉の座につくのだが、ここではロジャースの凄まじい交渉術が炸裂することになる。
とにかくソ連側はライセンスの情報が出てこず、テトリスを他国で販売するとして、権利者は誰なのか、その許可を誰に求めたら良いのかを調べることすら一苦労。交渉の席についてみれば冷戦期ならではのビリビリとした緊張感の中でタフなやりとりが求められ──と、権利交渉の場面はさながら小説のクライマックスの如しだ。
おわりに
テトリスは映画にもなるというし(何を映画にするのかサッパリわからんが)、よくわからんがまだまだその熱狂は終わりそうにない。果たして人がテトリスに飽きるなんて日はくるのだろうか……(だけど僕も今ではすっかり起動することがなくなったし、今の若い子はもうテトリスなんかやらないのかもしれないけど。)