- 作者: 小川一水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/12/19
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (1件) を見る
最近は《天冥の標》シリーズで超絶オモシロイ大長篇を書く化物という印象が強いかもしれないが短篇の名手でもある。短篇毎に文体がまるごとガラッと切り替わり、コンセプトは明瞭明快で、本書だけでも数学童話から宇宙SF、生物SF、バイクSF(?)、ロボット/AISFにまで多彩な方面へと果敢に切り込んでみせる。一言でいえばSF短篇の醍醐味はここにあらかた詰まっているといいたくなる短篇集だ。
作品の発表年としては2010〜2012年の物が4篇と最近のものは収録されていないが、その代わりに書き下ろしの「リグ・ライト──機械が愛する権利について」で現代のAI関連の文脈をよく捉えた"傑作"が収録されており、全部短篇読んだぜ! という人間もマストバイの一冊。いやーほんとに「リグ・ライト──機械が愛する権利について」はよかったし、表題作の「アリスマ王の愛した魔物」は今読んでもやっぱり最高だったし、「ろーどそうるず」も……とその辺は下記で個別に紹介していこう。
ろーどそうるず
バイクの視点から描かれたSF。試験的なARRの後、ライダーへと販売されたバイクのM3R3011が、自身の動作状態、走行レポートを仮想供試体へ向かって報告する形式を通して「バイクとライダー」の物語を描いていく。語り手はバイクなので映像はない。映像作品ならばどうしたって絵が入るが、文章なら絵がなくとも感覚を描き続けることができる。M3R3011は、バイクならではの方法で世界を知覚するのだ。
「わかりきったことを言うなよ。おれはバイクなんだから見たり聞いたりはしないさ。その代わりにおれは、温度計や吸気センサーで空気のながれと手ざわりを味わい、サスの沈みこみでライダーのまたがりを感じ取り、六軸ジャイロで傾きと加速を知り、何よりも回転系と速度計で、自分とライダーがいまどんな風に走っているのかを意識するのさ」
現実にはバイクを感覚も言葉も持っていないから、どれだけスカッとする走りをライダーがしても「気持ちいぜ!」なんて言ったりはしないが、M3R3011はレポートを供試体へと上げるから、その際に「バイクならではの快感」が存分に描写されていき、人間にはありえない感覚の数々にウーンこれぞSFだなあと思わせてくれる。小川さんがバイク乗りなことも手伝ってか、描写が本当に気持ちよさそうなんだよね。
ゴールデンブレッド
「山人」所属の戦闘機乗り豊菓が、小惑星にあるレイクヴュー村へと不時着し、そこでしばらく救助を待ちながら生活をする──という宇宙異文化交流譚。豊菓とレイクヴューではまず食事が合わず(最初に出てくるのは里芋とスルメの水団)、常識が異なり(深いオジギをした豊菓をみて爆笑されてしまう)と、様々な文化衝突が発生する。果たしてそうした文化的な性向の違い、食の好みは何処までが"遺伝子レベルで"決定づけられていて、どこからが"環境や趣味によって"決定づけられたものなのか。
"異なる文化・常識・歴史"を持つもの達が、いかにして共に生きるのかというのを様々な形を通して繰り返し書いてきた小川さんらしいシンプルな短篇だ。宇宙で農業をやることの難しさについて、小惑星帯へと散らばっていった人類が採用した回転コロニーの具体的な方式など細かいところの描写がやけにおもしろい。
アリスマ王の愛した魔物
『むかしむかし、あるところにたいそう数学の好きな王子がおりました──。』という書き出しからはじまる、狂的に数学が好きな王子にまつわる童話である。アリスマ王はあらゆる数字を集め終わりなく計算を続けることによって数々の未来予測を成し遂げ、税制、食糧生産、戦争、すべてが改革されてゆく。侵略に次ぐ侵略を企み、どんな状況にでも最適解を予測しうるアリスマ王の、数学の力に限界はあるのか──。
ご記憶でしょうか。王のことを。王は算術を極めた人間。軍事も政治もわからぬ代わりに、すべてを数字で把握する者。数万の人間に経木を渡し、数字から数字を編み出す経路はすべてが王の設計でした。珅子は計算するだけなのです。一人も政策がわからぬのです。
小川さんのこの童話語り文体がまた最高なわけだけれども、王が破竹の勢いで世界を侵略していく過程、また王に付き従い続けた従者の正体などなど無数の側面で最後の一ページまで楽しませてくれる。絵本にしたい短篇だ。
星のみなとのオペレーター
オール・グリーン・異常なし。毎日暇な小惑星イダの宇宙港管制室に勤める筒見すみれの物語を描くオペレーター(通信士)SF。『血湧き肉踊る冒険漫画の主人公にもなる宇宙船乗りや、知的で尊敬される都市設計家とは違って、目立たず静かで、いつも脇役であるような職業。』ではあるものの、きちんと事故が起こらないように船を制御し、小さなトラブルを片付け「おかえりなさい」と「いってらっしゃい」を言い広い宇宙へと散らばっていった人間関係の交通整理とつなぎとめを行う重要な仕事だ。
人類の生存圏をおびやかす何者かによって放たれたウニみたいな建設ロボットとの戦いを通じて、オペレーターすみれがその特異なコミュニケーション能力を活かしてばったばったと"友達に"なっていくのが底抜けに明るく楽しい一篇である。小川さんのこっち方面(オペレーターとか整備士とかが主人公)の宇宙短篇もっと読みたいなあ。
リグ・ライト──機械が愛する権利について
書き下ろしとなる「リグ・ライト──機械が愛する権利について」は、死んだ爺さんの車を引き取りに向かう途中で、孫であるシキミはアサカと名乗る"自律自動車の運転手ロボット"と出会い──と、自動運転と"AIが運転し事故を起こした時、その責任は誰が取ることができるのか"というAIの責任の取り方を巡るロボットSFだ。
舞台となるのは自動運転車は普及しつつある2024年の近未来。自動運転車はレベル3(人間が運転する)、レベル4(人間は運転しなくて良い)、レベル3プラス(運転システムからの操作交代要請があった場合、即座にドライバーが応じるという前提での運転自動化)にざっくり分かれており、アサカはその運転手役=車のパーツとして、爺さんにこの車に据え付けられていた。だが、この状況はすぐに「じゃあ、その車&アサカが事故を起こした時は、いったい誰の責任になるのか」という疑問を呼び起こす。
バグがない限り販売会社に責任を問うこともできず、かといって、AĪ自身には罰を与えられないので、所有者が責任を取らざるをえない。責任がとれないのであれば、何らかの権利が与えられることもない──"愛し愛される権利"についてだって。*1
感情を持たないけれども、美しい女性型をしていて、感情のあるような動作をすると、人間はどうしてもそこに感情を見出してしまう、存在しないはずの個別の動機を読み取ってしまうなど『BEATLESS』で繰り返し描かれた部分もコンパクトに描写しながら、AIが新たなステージへと移行する革命的な瞬間を描ききってみせる。
”どのような場合に、ロボットにヒトと同じ権利が与えられるべきなのか"への考察は必然的に、法律上ヒトに自然人として権利義務が賦与される理由はなぜなのか、"ヒトとはいったいなんなのか"についての思考に至ることにもなる。スマートに、人とロボットの新たな関係を模索しつつある現代の時代性をよく捉えた傑作短篇だ。
おわりに
表題作を筆頭に抜群におもしろい作品ばかりだが、書き下ろしがまた小川一水短篇全体の中でも代表的なものになるであろう作品なので、まあ読みましょう。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
- 作者: 平野晋
- 出版社/メーカー: 弘文堂
- 発売日: 2017/11/20
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
*1:ちなみに、この辺のロボット/AIと法のあたりは現実的に議論が進んでおり、AIに罰を取らせる方法についても提案がいくつか行われている状況だ。本としては『人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き』や『ロボット法--AIとヒトの共生にむけて』あたりに詳しい