- 作者: アリスロバーツ,Alice Roberts,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: 学研プラス
- 発売日: 2017/10/31
- メディア: 単行本
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中心となるのは、受精卵という一個の細胞がひとりのヒトへと成長を遂げる"奇跡"としか言いようがない事象の背後にある具体的なプロセスと、どのような歴史の上に我々の手が、足が、肺が、脳が、腰が、形作られてきたのか、それは元を辿ればどんな生物からの遺伝なのか──という生命進化の軌跡を辿る旅である。具体的な構成としては、精子が子宮頸管をのぼり、子宮腔を通って卵管に入る受精プロセスからはじまって、約一週間ごとに人体がどんな形成過程を辿るのかを、頭蓋骨、脳、脊椎と体節、など上から順番に丁寧に確認していく形になる。
あなたがたった今存在し、これを読んでいるという事実には、途方もないありえなさがある。まず、あなたの両親が出会うというありえなさがある。おのおのがだれかと出会って、ふたりの人生が違うものになりえたような瞬間が、いくつもあったはずだ。ふたりが結婚したら、今度はあなたを作り上げたような、「ある」卵子と「ある」精子が出会うというありえなさがある。だが、この存在のありえなさに対する落ち着かない気持ちは、それにとどまらないと私は思う。
これがまあ、著者の専門であることもあってか、一つ一つのプロセスが教科書レベルに丁寧に書き込まれ、知識がなければどの部位のことをいっているのかよくわからない解剖学用語もポンポン放り込まれるので(イラストは豊富だけど)、読む上でのハードルは高い。だが、その分ガッツリと人体の構造とその背後に流れる歴史まで含めて理解することができる内容に仕上がっているので、ゆっくりと時間のとれる年末年始にでも腰を据えて読むことをオススメする。
ヒトはそれほどユニークではない
ヒトの発生過程をおっていくうちに、我々自身が思っているほどにはヒトはユニークな存在ではないという事実がわかってくる。たとえば、我々の手は魚のヒレから途方もない年月をかけて進化してきたものだし、Hox遺伝子と呼ばれる遺伝子の活動を制御する機能を持つ「主制御」遺伝子は、ショウジョウバエからあらゆる昆虫・節足動物・脊椎動物にも存在し、我々とショウジョウバエの共通祖先の存在を感じさせる。霊長類の脳は他の哺乳類よりも大きく、中でも我々ヒトのものはもう少し大きいが、それも質的な違いではなく、量的な違いである。
ヒトは日常的に二足歩行を行うが、これも人類の専売特許というわけではない。他の類人猿もまた二足歩行を行うことはできる。ただ、習慣的にそれをしないというだけである。この二足歩行の起源が、いつ、どのように生じたのかについてはこれまで幾度も議論が重ねられてきたが(たとえばナックルウォークをする祖先が"変化して"習慣的二足歩行をはじめた、など)、著者の立場は、すでに樹上/地上で二足歩行をしていた類人猿からの移行であるというものだ。
ついつい身の回りにナックルウォークをする類人猿がいるので、ヒトもナックルウォークをする共通祖先から分かれてきたのだと思いそうになるが、解剖学的にその可能性は否定されつつあり(チンパンジーとゴリラも手首の発達の仕方が異なることがわかっており、共通祖先説は揺らいだ)、むしろ革新的だったのは"ナックルウォークをはじめたチンパンジーやゴリラの方なのでは?"という視点が生まれている。『私たちヒトは保守的な部類に入るように見える。二本足で歩きまわるという、類人猿たちがずっとしてきたことをしているだけなのだから。』
とはいえ、ヒトが他の類人猿と比べて、解剖学的に特徴的なポイントも幾つもある。たとえば、我々の手には親指を外側へ引っ張る伸筋、手首から手を通って親指の末節骨に達している屈筋など、ヒトにしかない筋肉を持つが、このおかげで道具の製作が高いレベルで行えるようになったとみられている。発生学と解剖学を中心とする本書では、なぜ我々には心が、意識が、複雑な言語が生まれたのか──という話にまでは深く踏み込まないが(脳や喉頭に極端に他生物と異なる形質は存在しない──が、これも結局は程度の違いに過ぎないのでは、という視点もある)、このように純粋に解剖学的な観点から、本当の意味での"ヒトの特性"と、その立ち位置がみえてくる。
おわりに
なぜ腰は痛くなるのか? ペニスとクリトリスの発生過程(と、その類似性)、ヒトの眼が見ている方向がわかりやすいのはなぜか? など、読み進めるうちに自身の体についての様々な疑問が氷解し、自分自身が生物の進化の歴史の中で"どこにいるのか"がよくわかるようになるはずだ。
我々は、進化の潮流の只中にいるのである。『あなたや私が、自分たちはほかの動物とどれほど違うと思っていても、私たちはみんな、この星に棲むほかの生命に対して働いているのと同じ力によって形作られてきたのだ。(……)あなたの体の構造には、はるかなる歴史がひそんでいる。テリー・プラチェットが見事なまでに言ったとおり、「われわれこそが歴史」なのである』