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免疫力を高めることで脳を健康に保つべし──『神経免疫学革命:脳医療の知られざる最前線』

神経免疫学革命:脳医療の知られざる最前線

神経免疫学革命:脳医療の知られざる最前線

「免疫系と精神」という、まったく別物だと思われている二つについて、実は相互に深く関連しあって機能しているということが、近年の免疫学研究でわかりつつあるらしい。本書はその第一線で活躍する研究者によって綴られた一冊である。

たとえば、著者のいくつもの研究によると、加齢による認知能力の低下、ストレスとうつ、アルツハイマー病とルー・ゲーリッグ病(ALS)などなど脳と精神に関わる病気や機能の低下の多くが、免疫系の老化・不機能が要因のひとつであることを示唆している。もともとそうした考え方は一般的ではなかった。というのも、脳には血液脳関門が存在し、それによって脳は自立した器官となりメンテナンスや調整が免疫系から切り離されているとする考え方が定説だったからだが、つまり”革命”と書名に入っている通り、これはそうした”常識”に著者らが挑みかかる学術ストーリィでもある。

実験の内容とその成果は(ほぼ動物実験であっても)たしかに革命的だしおもしろいが、記事の末尾にも書いたがウーンと思えるところもあるので注意深く読むべし。

実験の数々

免疫系と脳の働きが密接に関連している証拠として、本書ではいくつもの革命的な実験例が紹介されていく。たとえばマウスを免疫機能不全群と免疫系問題なし群に分けて運動させたり、認知能力テストをやらせると、免疫機能不全のマウスは成績が劣ってしまう。また、脳は健康だが免疫系を人為的に老化させられた若いマウスであっても、記憶障害が起こるなど脳に関連した障害が発生することなどもわかってきた。

では、逆に老いたマウスの免疫系を入れ替えることで機能を取り戻すことができるのだろうか? 著者らは、老いたマウスに放射線をあて免疫系を破壊した後、その後同年齢ぐらいのほかの”老いた”マウスの骨髄を移植したところ、認知機能が明らかに高くなったのだという。若いマウスの健康な免疫系の方がいいんじゃないの? と思うところだが、これが違うようだ。若さよりも標的の抗原を認識することのできる免疫記憶細胞を多く含んでいることの方が重要らしく、マウスレベルではあるが認知機能を向上させるための必要な情報が細かく出揃ってきているのは素晴らしい。

そもそもなぜこれまで脳と免疫系は切り離して考えられてきたのかといえば、最初に書いたようにそこに関門があるからだけれども、現在の知見では脈絡叢と呼ばれる場所で、脳と免疫系が選択的にコミュニケートしており必要な免疫細胞が脳に調整され投入されることがわかっている。それが関連しているとみられる疾患としては、たとえばアルツハイマー病にかかると関門がその性質を一部失ってしまい、適切な免疫細胞が中枢神経系に動員できなくなる、つまり免疫の支援が脳に対して途絶えることが問題なのではないかというのなんかはおもしろい知見である。

他にも、免疫系障害を持つマウスと持たないマウスの実験では、免疫系障害有りの方がストレスに弱くなり、ストレスが免疫系の力を弱め病気へとかかりやすくなったりといったことが繰り返しみられるようである。人間でもPTSD患者は免疫応答が損なわれたり調節されなくなったりしており、関連が示唆する研究もあるようだ。正直言って現状では人間に関しては、免疫系が損なわれているので免疫力を高めればうつやPTSDを克服できまーすなどとはまだまだ言えない状況だが、本書ではそれはそれとして免疫力を高め、明晰な頭脳を保つための手段についても言及されている。

免疫力を高めるビタミンDを取りましょう、瞑想をしましょう(『瞑想が免疫系の機能を向上させ、病原体にさらされたときの反応における抗体濃度を高められるとする研究も二、三ある』)、運動しましょう(『運動は認知機能を向上させ、うつ、認知症、アルツハイマー病のリスクを下げる。すでに見てきたように、運動には免疫系を強化する力がある』)、社会との結びつきの維持、新しいことを学ぶ、脳を鍛えるといった「道徳か家庭科の教科書かよ」みたいな内容で、真新しいこともないけど。

臨床実験

本書で述べられていく実験の多くがマウスを対照にしたものであることは不安を煽るが、人間での臨床試験例も紹介されている。免疫系を活性化させるワクチンを用いて緑内障向けの患者へ行われた臨床試験ではプラセボの対照群とくらべて良い結果を出したというし(13名だという)、それまでは自然治癒しないと見られていた脊髄損傷患者の、損なわれた中枢神経系に免疫細胞を注入するという治療法の治験に参加した八人中、三人が臨床的に有意とされる神経学的な運動・感覚機能を取り戻したという。

注意点

実験結果の多くがマウスのもので人間での臨床試験例が少ない&革命的な内容なのに最初の臨床試験から次の試験まで十年以上経っているのに進んでいないケースまである&重要な根拠である”成体でも新しいニューロンが形成される”という説に最近逆行する論文(ある一定の年齢に到達するとニューロンの生成が行われなくなる)も出てきたりして、「すごい! 本当に革命的だ!」と盛り上がれないところはある。
www.natureasia.com
たとえば年をとると認知能力が低下し、精神機能障害が増すのはなぜなのか。ニューロンは新たに増えるんだからニューロンの問題ではない。そこには免疫系が関わっているのではないか、という論法もそもそもニューロンが成年後はほとんど増えないということになってしまえば説得力がなくなってしまう。成体でも新しいニューロンが形成されるのかされないのかについてはまたひっくり返る可能性はあるし、臨床試験がぱっぱと進むものではないこともわかるので、注意深く様子見といったところだ。