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転生したら人工知能にさせられ、有無を言わせず居住可能惑星探査に送り出された件──『われらはレギオン1 AI探査機集合体』

われらはレギオン1  AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)

われらはレギオン1 AI探査機集合体 (ハヤカワ文庫SF)

SF大会に欠かさず参加し誰かれ構わずSFネタを喋り散らすクソSFオタクであるボブは、無神論者で、人体冷凍保存会社(死亡した直後に頭部のみを切断し、未来の技術が生き返らせられるようになるまで保存しておく会社。ちなみに実在する。)と契約するような人間だが、そんな彼がある日突然の交通事故で死んでしまう──。

意識を取り戻した彼がいるのは、なんと117年後のキリスト教原理主義国家となったアメリカ。そのうえ彼は生身の身体を持たない複製人(レプリカント)*1となっていた! 国家の所有物となった彼に与えられた任務は居住可能惑星探査! 自己増殖する自動恒星間探査機に知的機能の制御係として取り付けられた彼は、国内からも忌み嫌われ、宇宙に出たら出たで他の国家群から放たれた探査機と戦闘になるが、持ち前の明るさとクソSFオタク根性で、宇宙探査を楽しみ、新たなボブを生み出し続け、数々の新技術を発明し、この広い宇宙をさらなる資源を求め探検していく──!

思わず「アホなのか」と言いたくなるような設定だがこれがおもしろくて仕方がない。冒頭の人体冷凍保存の説明から即死亡、その直後に意識が復活したボブの語りで、117年後になったこの世界がどのような状態にあるのかが特急で語られ、あっという間に色々な説明がなされた後、探査機に取り付けられ惑星調査法・戦闘法・発明・生物学など無数の情報が詰め込まれ、時が進んだ第二部以降では地球に残った人類たちとの接触・文明再生・人類の惑星間移民テーマまで入ってきて──と三部作の第一作にも関わらず、SF的にもド真ん中、ド級のネタの詰め込みが行われていく。

このスピード間と詰め込みは一言で表現すればSF版異世界転生だが、結局のところ異世界転生というのは「それまでの世界」から「別の常識が支配する世界」というフレームの切り替えで起こるドタバタを楽しむ普遍的なフォーマットであって、たとえば高校デビューして突然不良になるようなヤンキー物だって実質異世界転生だともいえる(今日から俺はとか)。そういう意味ではその部分を特に推す必要も感じないが、それはそれとして転生したらAIだった件、もうその時点でめちゃめちゃおもしろいよなと思うのであった。みんなもっとこのフォーマットで書いて欲しいぐらい。

ざっと舞台とあらすじを紹介する。

ざっと舞台を紹介しよう。物語の最初の舞台になるのは地球、2133年。交通事故で死んだボブは契約通り頭部を冷凍保存されていたのだが、その間に世界情勢は大きく揺れ動いていた。アメリカはキリスト教原理主義者が合衆国大統領となり、非キリスト教徒が公職につけないなどの暴力的政策を実行。問題は頻発し経済は崩壊し、その後の選挙では反発が起こり無神論者が選ばれたが、キレた宗教右派は決起してクーデターを成功させ、宗教国家である自由アメリカ神聖盟主国が爆誕することになる。

英語で言えばフリー・アメリカ・インディペンデント・セオクラティック・ヘゲモニーだ。その際に宗教的御法度により人体冷凍保存者は神聖冒涜であるとされ、保存者らは全員死体であると断定。結果的に冷凍保存者らは競売にかけられ、そういった彼らを買い取って、脳を細胞以下のレベルまでスキャンしそのデータをコンピュータ・シュミレーションに変換する、人工知能ともまた異なる”複製人(レプリカント)”を製造する企業に買い取られてしまう。そうやってシミュレートされ復活した知性は基本的にみな発狂してしまうそうだが、元来クソSFオタクであり一人でいることに不安も特に覚えないタイプのボブはまるでショックも受けずに新たな生を満喫していく。

ちなみにアメリカ以外も様変わりしており、世界はユーラシア合衆国、中国、オーストラリア連邦、アフリカ共和国、ブラジル帝国で地球の八割を占めている。どの国家も恒星間探査に乗り出そうとしているし、国家間の緊張は非常に高まっている状態。

宇宙無双

さて、そんな敵だらけの状態で危険な航海に漕ぎ出したボブだが、そこからがまたおもしろい。ボブは人間のそのまんまのシミュレートだから思考も行動も実に人間的だし、何より他国の探査機がどの程度の戦力・戦闘意志を持っているのかわからないので最初に遭遇した時の探り合いが楽しい。さらには3dプリンタによって、宇宙ステーション、生物学的分析ドローン、早期警戒システムの構築、自身の複製を作り上げていくのだが、もちろん彼が一人で生きていくだけならそんなものは必要がない。

彼が宇宙に飛び立ってからしばらくして、地球では核戦争の徴候が現れるようになり、ボブは地球へと駆け戻るのだが──といったところで、単なる居住可能惑星探査、他国の探査機との戦闘の枠を超えて、人類救済・移民プロットが立ち現れてくることになる。人類を移動させるにしても人類を守るにしても、その全てには材料が必要なので恒星間を飛び回って材料集めに紛争することになるのだ。宇宙無双と書いたが、無双できるほど余裕はなく、常に資源との戦いで、さらには自分らを襲ってくる同じような能力を持った敵国探査機までいるのでもうしっちゃかめっちゃかだ。

 ぼくはため息をついた。その発言で、議論はまた一周してしまった。そろそろ釘を刺しておかないと。「大佐、先週、おなじ議論をしてから、事態はまったく変わっていないんですよ。あなたがたの入植船を建造する前に、造船所を建造しなきゃなりません。造船所を建造する前に、資源を見つけなきゃなりません。あいにく、人類は太陽系をほとんど空っぽにしてしまったので、必死で資源をあさらなきゃなりません。だから、もっとボブたちをつくる必要があるんです。つまり、ぼくはまずそれにとりかからなきゃならないんです」

人間ではありえない「自己増殖」や「新装置の建設」が3dプリンタのおかげで容易に行える反面、そこら中飛び回って資源を探し回る羽目になるのが物語の苦境の演出としておもしろい。シュミレーションゲームをやっている時の感覚に近いよね。

というわけでボブは自戦力拡大のためにもたくさんのボブたちを作るわけだが、作った当初はボブと同一でも、みなそれぞれの場所を探索し考えていくうちにどんどん性格が枝分かれしていく。また、みなボブなので固有名を名乗るのだが、SFオタクなせいでみんなアニメ・映画・漫画が元ネタなのがどうしても笑ってしまう。何しろ「ゴクウ(ボブ10)」とかいるからね。作中の会話の多くはこうしたボブ同士で行われるが、SFオタク同士なのでパロディ・ネタまみれになるのも楽しい。

おわりに

ここ最近の海外SF、どうにも僕の好みの作品が多いのだけれども、本書はその中でも飛び抜けて愉快で本格的な一冊だ。書名と表紙からミリタリーSFを好む層にしか手に取らないのではと若干心配なんだけど、SFとして最高にオモシロイです。

*1:適切なツッコミがいくつか入っていたので補足説明を入れるが、作中でボブは「人工知能」と呼称されず基本的に複製人(レプリカント)と呼称されている。作中でもちょっと違うけど人工知能みたいなもんだよ、と説明する場面があるし、記事タイトルでは伝わりやすい単語を使いたかったので”人工知能”とした。申し訳ない申し訳ない。