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信じがたい凶悪犯罪『花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』

花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生

花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生

  • 作者: デイヴィッドグラン,David Grann,倉田真木
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/05/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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まるで主題だけみるとミステリィ小説の書名のようだが、現実にあった事件についてのノンフィクションである。しかしその内容ときたら、舞台も背景も殺害方法のなりふり構わなさも調査の方法も、実際に大量の死者が出ているので不謹慎ではあるのだが、とても現実に起こったことだと信じられぬ、映画さながらの展開をみせる。

書名の「花殺し月」とはいささか不思議な言葉だが、事件の舞台であるオクラホマ州で暮らすオセージ族が、5月を「花殺しの月」と呼んでいることに由来している。この季節に、ムラサキツユクサやブラックアイドスーザンといった丈の高い草が小花から光と水を奪い取って、花は折れ花びらは落ち、死ぬからだという。

事件が起こる。

「インディアン連続怪死事件」と副題についている通りにインディアンが次々と殺されていくわけだが、いくつかの規格外な点があるのでまずそこを紹介しておこう。たとえば、犠牲者となるのはオクラホマ州のインディアン居留地で暮らすオセージ族なのだが、実は彼らは(一般的なイメージに反して)物凄い資産家だったのである。

というのも、オセージ族はカンザスの土地をを所有していたのだが、人が増えるに従いアメリカから一方的にオクラホマ州北東部の岩だらけの小さな土地に追い出されていた。ところが追い立てから数十年後に、その土地の下に米国最大の油層があることが判明し、石油マネーで莫大な資産が入ってきたのである。たとえば1923年の単年だけで、オセージ族は今日でいう4億ドル以上の配当を受け取っていたのだ。

そんなオセージ族の中で、明確に不審な形で殺人事件が発生するのは1921年(それ以前から一族には不審死が連続していた)である。オセージ族のアナが銃殺された死体が見つかり、アナの妹であるモリーは捜査をするよう当局に頼み込むが、当初ほとんどの保安官たちはインディアンらの事件には大きな関心を示さなかった。当時のインディアン差別は強烈で、そもそも偶然によって資産をたくわえたオセージ族に対する風当たりも強かったうえに、オセージ郡の治安の悪さは相当なものだったらしい。

禁酒法が成立すると犯罪は組織化され、ある歴史家の言葉を借りれば、「アメリカ史上最悪の犯罪多発時代」が到来し、保留地の無法地帯化に拍車がかかった。国内のどこにも増して混沌としていたのがオセージ郡で、この地では西部の暗黙の掟、地域社会をまとめるしきたりはすでに綻びていた。

なのでアナの殺害犯についても、内部犯行説から外部犯行説まで、おざなりな調査のせいでなかなかまとまりのつかない状況であったようだ。そのうえ、アナが死んで二ヶ月後に、モリーと同じぐらい元気だった彼女の母であるリジーも謎の衰弱死を遂げてしまう。そうした状況に不審を抱いたのがモリーの義弟であるビル・スミスで、いったい何が起こったのか──というのを、その豊富な資産を元に捜査を開始する。

何しろ毎年金が大量に降ってくるわけだから金は無尽蔵にある。ビル・スミスはリジーに遅効性の毒が盛られたのでは? と当局に訴えてもろくにきいてもらえないことから、私立探偵を雇うことになる。「完全にミステリィ小説の出だしやんけ!!」という感じなんだけれども、ホームズみたいなスゴ腕がひとり雇われるわけではなく、何人も雇ってチームとして活動させたのである。別に小説の世界ではないので私立探偵の仕事は地味な聞き取り調査がほとんどだし、あまり役にも立たないのだが……

どんどん殺される

アナの殺害から9ヶ月後、またまたオセージ族の一人であるウィリアム・ステップサンが毒殺されてしまう。その1ヶ月後にまたオセージ族の一人が毒殺と思われる死に方をして、どんどん死体の数が増えていく。そのはてには、オセージ族だけではなくオセージ族に対して協力的なだけの人間さえも何者かに狙われて殺されるようになり、オセージの土地には不審と不安と恐怖が蔓延することになる。そりゃそうだ。

「とはいえ金はあるんだから引っ越せばええやんけ」と思うかもしれないし、実際モリーの妹のリタとその夫ビルは別の場所に家をこさえ逃げ出したりもしたのだが、その顛末は驚愕という言葉では言い表せぬ。引越し先の家の周囲には番犬も多く、これなら一安心──と思いきや、しばらくしてから近所の犬たちがぐったりと死に始めた(おそらく毒を盛られたのだろう)。ビルはその時周囲の人間に「自分はそんなに長く生きられないと思う」と打ち明けている。そんな不安な日々を過ごしていた3月のある日、なんとビルとリタと使用人が3人で暮らす家が爆破されてしまうのである!

ま、まさか爆破するとは……としか言いようがないのだが、オセージ族の人たちは記録にある限りでは24人も殺され、捜査に協力しようとしたものも殺され、この謎をとこうとするものは殺される、あるいは匿名の脅迫がとんでくることが周知され、治安判事は恐怖におののき郡保安官は犯罪を捜査するふりさえやめたという。もはや誰もこの事件を解決することはできないかと思われたその時、とある組織が関わることになるのであった……って副題に入っているFBIのことなのだが。

FBI初代長官であるJ・エドガー・フーヴァーに任命され、ホワイトという有能な男がこの凶悪なオセージ殺人事件を担当することになる。ミステリィでいえば、ようやくここで真打ちの探偵/警察役が登場したといったところか。このホワイトがまた呆れるほどの粘り強さで調査を続け見事首魁を捉えるところまで持っていくわけだが──その調査の過程、なぜオセージ族が狙われたのか、いったいどのような巨悪がこの超大型連続殺人を起こしていたのかは読んで確かめてもらいたいところである。

おわりに

当時のインディアン差別の実態、金を容易には受け渡さぬ非道な法、FBI、というかフーヴァーにはどのような狙いがあり、この解決をどう自分たちの成果として演出し、組織の拡大に結びつけたのか──と事件だけでもお腹いっぱいになりそうなのに、1920年代の歴史的側面を次々と掬い上げていく、ド級の一冊だ。