- 作者: マヤ・ルンデ,池田真紀子
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2018/06/26
- メディア: 単行本
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原因不明の「蜂群崩壊症候群」によって2007年春までに北半球から4分の1、実数にして約300億匹ものハチが消えた。これによって、養蜂農家が大打撃を受けるだけでなく(商売道具がみんな死んでしまうのだから壊滅的だ)、ハチたちがリンゴに梨にアーモンドといった他の食料を”受粉”させられなくなった事態と合わせて”なぜそんなことになってしまったのか”を解き明かしていく、魅力的なノンフィクションだ。
- 作者: ローワンジェイコブセン,Rowan Jacobsen,中里京子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/07/08
- メディア: 文庫
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世界からは花粉媒介者が消え、受粉の効率は著しく悪くなり(ハチがやらないと人間が地道に受粉させるしかないからだ)、食糧事情は急速に悪化。温暖化、人口の減少など複数の事態が重なって社会の多くは崩壊、残った体制を維持している国も(中国とか)極端な管理社会へと移行しており、世界はあっという間にディストピアじみた状況に。本書では主にそうした暗い2098年の中国で暮らす家族と、1852年、人工巣箱による養蜂が生まれつつあったイギリスの家族と、2007年頃、まさに「蜂群崩壊症候群」が発生した時期の養蜂家の家族の3つの視点から物語を描き出していく。
2098年の中国が舞台になっているのも興味深くて、『ハチはなぜ大量死したのか』の中で中国は衛生管理のひどさや水質汚染、農薬や化学物質の大量使用で批判されているんだよね。ところが本書では、あまりにも農薬を使いすぎて1980年代には蜜蜂が消えていて、そのおかげで人工授粉がすっかり定着していたので世界がミツバチショック(最終崩壊と呼ばれている)によって崩壊したあとも競争上の優位に立てたという経緯があるのだ。『環境汚染のフロントランナーだったこの国は、そのまま人工授粉のフロントランナーになった。この国はパラドックスに救われたのだ。』
ざっと3パート紹介する。
2098年の中国パートでは管理体制化の果樹園で働く3人家族がメインとなる。タオとクワンは3歳になる息子ウェイウェンのためにも日々過酷な労働に耐えているが、ある時久しぶりの休日に家族ででかけたところ、目を離したすきにウェイウェンがどこかへ行ってしまい、見つけたときには謎の症状によって倒れ伏していた。
救急車によって即座に運ばれるウェイウェンだが、何らかの理由によって面会謝絶、その上すぐにどこかの病院へと移送され、両親であってもその居場所が明かされることもない。父親であるクワンは諦め、家に帰ろうとするが、タオは諦めきれずに、息子が移送された病院を探すために行動を開始するのであった──。という、「いったいウェイウェンに何が起こったのか?」「ウェイウェンはなぜ秘密裏に移送されたのか?」が、大きな謎のひとつとして物語をぐっと牽引し続けることになる。
1852年のイギリス、2007年のアメリカ養蜂家パートはどちらも機能不全的な家族の物語であり、その息詰まるような関係性の描き方に惹きつけられる。たとえば、息子に跡を継いでもらいたいと思っていたら、息子はその知性を見出され学問の道へ進もうとし、激しい対立が起こるアメリカの養蜂家パート。たいして、かつてはその知性を見出され将来を期待されたものの、論文の一つも出さずに結婚し、恩師からねちねち嫌味を言われ、そこからの一発逆転を狙って人工巣箱開発に邁進。同時に自分の思い通りにならない息子に対して確執を深めていくことになるイギリスパート。
両家族の子供の視点から父親をみると、どちらも自分の願望を子供に押し付け支配しようとしてくるキツイ存在だ。だが、そうした不器用な行動を取る父親たちの背後には、生活の不安と、事業が拡大していくことへの僅かな展望であったり、何も成し遂げられていないことへの強烈な悔恨があることが綿密に積み上げられ、強く嫌悪しながらも共感せざるを得ないところがある。果たして、アメリカの養蜂家は無事に蜂群崩壊症候群を乗り越えることができ、イギリスでは人工巣箱が無事開発されるのか。そうした蜜蜂の物語は、ディストピアと化した未来にどう関わってくるのだろうか。
おわりに
オチの呆気なさは落としどころとしてはそこしかないだろうなといったところで、SF的にそこまでぐっとくるネタではないんだけれども、終盤でさりげなく過去と未来の3パートを交錯させていく手腕など、なかなかいい。何より、愛情でも憎悪でも単純に割り切れることのできない複雑な家族の物語として、秀逸な一冊だ。