- 作者: 倉田タカシ
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/07/04
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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土用の丑の日あわせで刊行された倉田タカシ『うなぎばか』は、そんな「もしウナギが絶滅したら……」という未来を描いたポストウナギSFである。ポストウナギSFってなんやねんという感じだが、伊藤計劃以後ならぬうなぎ以後なので別になにも間違っちゃあいない。中身はうなぎを滅ぼしてしまった愚かな人類の闇を暴き立てる硬派なフィクション────などでは全然なく、時間SFあり、神様あり、平賀源内あり、うなぎ型ロボありのゆるいビートに種が絶滅するということの悲哀やら諦念やらが乗ってきて、それが凄くしっくりくる自由自在な連作短篇集である。
数年前に、ニホンウナギは「野生絶滅」という認定を受けた。これにつづいて、同じように絶滅の危機にあったほかの種のうなぎも世界的に禁漁になった。そのうちのいくつかの種については、すでに数が減りすぎていて、絶滅を防ぐことはできないのではないかともいわれている。
日本では、どんな種類であっても、うなぎを食用にすることは一切禁止されてしまった。
うなぎという生活に密着していたものがスッと消えてしまった時、人々の心の中にはどのような空白が生まれるのか──ユーモアの中に紛れるそうした喪失感の描写も抜群にうまく、スルっと読めてガハハと笑いながら染み込んでくるような話で、著者の二作目とは思えないほどおもしろい。
ざっと紹介する。「うなぎばか」
トップバッターは表題作でもある「うなぎばか」。
うなぎが絶滅したら困るのは誰か。そりゃうなぎを食べられなくなった消費者たちであるが、うなぎ屋はもっと困る。うなぎ屋の息子で、かつて「ウナギ」という渾名で呼ばれていた正路は3年ぶりに実家に帰ることになったが、その道中でうなぎ文化保存会の副会長から君の父親がうなぎのタレを捨てるかもしれない、それは絶対に阻止しなければならないと告げられることになる。正路の父親はかつてはうなぎ屋だったが今はベジタリアンに転向し、自然食中心のレストランで働いているのだ。
うなぎが絶滅したとはいえ、完全養殖の道も残されているし人工肉としての再現もありえる。ひょっとしたら10年後ぐらいにはまたうなぎが食べられるようになっているかもしれない。そうなった時に、うなぎ食文化が完全に失われたれの技術も失われてしまってはダメなのだ──とタレを残さねばならぬ理屈は通っている。正路が戻っても姿を見せずにメッセージを載せた動画を送ってくる父親は、息子に向かって真剣にたれの意義を語りかけるのだ……『「でも、そうやって味が変わっても、たれがずっと続いていることには、意義があるんだよ。歴史の重みというものが……」』
うなぎロボ、海をゆく
ずっとこんな人情トーンで行くのかと思いきやいきなりロボが出てくるのが「うなぎロボ、海をゆく」。うなぎが絶滅した後、他の魚たちへの危機も叫ばれるようになり、魚をこっそり獲る人間も絶えず、それを取り締まる存在が必要とされた。うなぎロボくんは保護活動組織のロボットであり、サササカ主任と文字コミュニケーションを取りながら海を回遊している。それにしてもなぜ、取り締まりロボットはうなぎの見た目をしているのか? 別になんでもいいのではないかと思うのだが、それについてはうなぎロボくん自体が自問し、自分なりの答えを出していくことになる。自分は、うなぎのお墓なのだと。『わたしは、うなぎのお墓なんだ、と思ったんです。』
もうすでにいなくなってしまった、『対策が間に合っていたら絶滅しなかったかもしれない生き物』、思い出の中にしかいない存在。でもそれがロボットの形で蘇り、自由自在に動き回り、多くの人にみてもらうことができる。かわいくいえば「忘れないで」と多くの人に周知するための機能であり、悪くいえば人類がなした大罪に対して常にその罪を忘れるなと思い起こさせる呪いのような存在であるといえるだろう。いや、うなぎロボくん自体は凄くのほほんとした語り口調なんだけどね。
山うなぎ
「山うなぎ」は水産加工業の中堅企業に勤める4人の女子が、ジャングルの奥地でうなぎにそっくりでとてもおいしい肉の動物を飼育しているという話を聞き(実際にサンプルを食べ)、現地へと独占契約へと向かうお話である。はたしてうなぎにそっくりの味だという肉はなんの肉なのか、それは実はうなぎとは別の希少種なのではないか。どの肉なら食べて良くて、どの肉はダメなのか。その線引は誰が決めるのか。
と真面目に書くとそんなような話題が展開するが、元社会人バレー部だった4人がジャングルでファイトーいっぱーつしたり窮屈で蒸し暑いテントの中でワイワイ言いながらとまったりがやたらと微笑ましい一篇である。僕も思わず女子になってこのグループに混ざりてえと思ってしまった。
源内にお願い
4篇目はまさかのタイムトラベル・ウナギ・SF。土用の丑の日を広めたのは平賀源内とする説があるが、タイムトラベルして(説明は省くが、この「うなぎばか」時代に時間移動技術が発明されたわけではない)平賀源内に土用の丑の日をやめてと懇願すればうなぎを絶滅から救えるんじゃね? という単純極まりない発想である。
この話のうまいところは「種の絶滅」という大きなイベントが起こるのは一つの経路、理屈だけではないのだということをタイムトラベルを持ちこんで描き出しているところにある。うなぎ一つとったって現状何が原因で絶滅しかかっているのかわからないのだ。ひょっとしたら明日とかに隕石が落ちてみんな死ぬかもしれないし。ゆるいが、「種の絶滅」をめぐるテーマである以上避けては通れない重要な一篇だ。
神様がくれたうなぎ
タイムトラベルの次は神様が出る。ゆるい口調でしゃべる神様が男子高校生である雄高の前にあらわれ、戦争をなくしてくれとかそういうレベルの高いものじゃなければ、なんでも願い事を叶えてくれるという。で、雄高は付き合いたい女の子がいて……と切り出すのだが、なぜか神様は執拗に『「それはやめて、うなぎにしない?」』とうなぎの絶滅をなかったことにするお願いに変更しようとしてくるのであった。一番バカバカしい話なのだけど、高校生男子の切実な恋愛と天秤にかけられ続けるうなぎ絶滅の均衡がおもしろく、最後はほっとほんのりする素敵な話である。
おわりに
というわけでウナギをぱくぱく食べている人も、いち消費者としてウナギを食べないようにしている人も読んで損はない一作だ。ウナギ絶滅以後に思いを馳せることで、まだ存在している現代のウナギに途方もない尊さを感じるようになるはず!
huyukiitoichi.hatenadiary.jp