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大規模な犯罪組織と化したFIFA──『レッドカード 汚職のワールドカップ』


大金動くところに賄賂あり。『レッドカード 汚職のワールドカップ』は、FIFAワールドカップを主催する国際サッカー連盟で行われていた、めくるめく賄賂、途方もない額のマネーロンダリングについて描かれた一冊である。2015年にはアメリカFBIの要請を受け、スイスの司法局によってFIFA幹部の多くが逮捕されている。この事件を端緒として、FIFA真っ黒じゃん! と世界中の国の検察が捜査をはじめ、次々とワールドカップの裏側で行われていた悪事が暴かれていくことになるのだ。

ワールドカップのように放送権、広告権が巨額で扱われる世界ではその利益を享受するために賄賂は合理的な手段となりえる。ゆえにワールドカップを運営する組織が賄賂まみれになることそれ自体に不思議はないわけだけれども、本書で明かされていく悪事は僕の予想を10倍ぐらいは超えてくるものだった。賄賂の金額のあまりの大きさ、賄賂の大胆さもおもしろいのだけれども、関係者が15以上の国に散らばっており、相手が他国の政府高官であったりして容易に自国で逮捕できないとなった時に、FBIがどのような捜査手段をとるのかといった観点からも読みがいがある。

正直、その汚職の全貌はやけに入り組んでいて、多くの人間と組織が関与しているために読んでいて何が何だったのかよくわからなくなってくるので、この記事でも恐らくまとめ的なことをやるのは無理だと思うのだが、ざっと紹介してみよう。

ざっと紹介する

FIFAに対して何を目的として賄賂が贈られるのかといえば、金の絡む全てである。ワールドカップの開催地は理事の投票によって、過半数を超えた場所に選ばれるからまずそこで大金が動く。今回のワールドカップの開催地がロシアになったのも、純粋な投票ではもちろんなく、背後ではきな臭い理由がいくつも語られている。やれロシアの招致担当者たちが美術館から高価な絵画を持ち出し、理事たちに提供した。やれロシアが2010年のワールドカップでスペインに有利な判定をするよう審判を買収し、代わりにスペインからの2018年の招致を見送る約束を取り付けたなどなど。

FIFA幹部陣は金回りがいいせいかばら撒き方もド派手である。元FIFA会長ゼップ・ブラッターはそのいい例で、就任するとすぐにFIFAの各加盟組織に毎年25万ドルを送金するプログラムを開始。そのどれほどが各加盟組織の責任者の懐に入らずに現地のサッカーへ還元されていたのかはまったくの謎である。2010年にワールドカップが興行的な大成功を受けると、ブラッターは今度はCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)総会で、『参加者たちに、CONCACAFの五〇周年を記念し、”誕生日プレゼント”として追加の一〇〇万ドルを配ることを約束した』などやりたい放題だ。

中でも信じがたいのはCONCACAFの事務総長、FIFA理事も務めたチャック・ブレイザーのエピソードである。彼はスポンサー契約料、テレビ放映権料、チケット売上、特別観覧席の収入、駐車料金、スタジアムで販売されるビールやホットドッグからも取り分をとり、それを”手数料支払い用”と呼ぶ内部口座にためこんでいた。で、彼は日々遊びで使うあらゆるものをアメリカン・エクスプレスの法人カードにつけ、その支払いはすべてCONCACAFが行ったことにし、さらにその中からブレイザーが個人的費用と判断したものを”手数料支払い用”口座から差し引いていたという。

1万8000ドルの家の月額家賃もそうした手数料口座から引き落としていたというから羨ましいことこの上ないが、なんでそんな無茶をやってバレないのだろうか。これについては、連盟にあらゆる支払いをさせているので、自分の収入と支出を関連させる記録が事実上残らないという。その上所有者の確認がほぼ不可能なカリブのタックスヘイブンで自分の会社を登記するなど、様々な技術を使っていたようだ。

FBIの捜査術

とはいえ、いくらなんでも金の動きが派手すぎた。サッカー業界の暗部を暴こうと奮闘していたFBIのベリーマンはFIFA関係者の文書提出命令を銀行あてに立て続けに発送し、その中のひとりにブレイザーがいたのである。いったん目をつけられれば怪しいところしかないので、すぐに申告していない収入源を押さえられ、さらなる大物をつかまえるための”密告者”としてブレイザーは動き始めることになる。

密告者とは単に知っている情報を提供するだけではなく、場合によっては電話をかけて通話を録音する、隠しマイクをつけて人に会うなどといった積極的行動も求められる。そうした行動を場合によっては何年も続けた果てに、寛大な処置が与えられるのだ。ブレイザーが語るFIFAの組織的賄賂はまるきり犯罪組織のものである。『FIFAが大型連盟を認可し、大型連盟が各国の連盟を認可する。そしてスポーツマーケティング会社があらゆる役員の手に賄賂をつかませる。』『世界サッカーの構造は、一種の犯罪組織そのものだ。実際、まるでマフィアのようだと感じはじめていた。』

大物のブレイザーを糸口にして次々とFIFAの中心人物の逮捕が進んでいくわけだが、最初に書いたように関係者の多くはアメリカにおらず、そのうえ政治的立場もあったりして、なかなか難しい。たとえばFIFA理事の一人ジャック・ワーナーはトリニダード・トバゴの国家安全保障大臣に就任しており、検察が情報を要請してもそれが必ずワーナーの元を通るのである。くわえて、ワーナーは外国政府の高官であるため外交旅券を使っており、米国で逮捕、勾留、召喚、検査、訴追することも難しい。

詰みかと思いきや、”彼の息子たちはそうではない”という。今回のケースでは息子たちもワーナーのビジネスに関与しており、ワーナー一族がマイアミへときていた瞬間を狙って、『ジャックを逮捕できなくても、目の前で息子たちをとらえて、この男にショックを与えることはできるかもしれない。』と一家が揃う家に踏み込んで、これみよがしに息子たちを逮捕することで揺さぶりをかけていく。えげつねえなと読みながら思ったが、まあ、無実の子供を逮捕しているわけでもないしな……。

他にも、ブラジルが自国民の引き渡しをしないために、たまたまマイアミに来ていた瞬間を狙ってFBIが訪ねていき、質問を重ね、嘘をつかせて逮捕する(連邦捜査官に嘘をつくことは犯罪なため、そのことを知らないか対処法がわかっていない相手なら直撃アタックで揺さぶりをかけ、質問を重ねて嘘をつかせることで釣り上げることができる)など、FBIの捜査技術がふんだんに盛り込まれている。

おわりに

ここで明かされていくことは逮捕までこぎつけた話ではあるが、まだまだFIFAの調査は進んでいる。また、ここにはFIFAという組織だけに起こり得ることではなく、大金が動く世界で普遍的に起こり得る共通の事象が浮かび上がっているようにも思う。そういう意味では、サッカーにろくに興味がない人にもオススメな一冊だ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp