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避けられぬ運命を回避する──『ホラー映画で殺されない方法』

ホラー映画で殺されない方法

ホラー映画で殺されない方法

  • 作者: セス・グレアム=スミス,ネイサン・フォックス,入間眞
  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2018/07/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ホラー映画というものは人が死ぬものだ。まず映画がはじまってすぐに、一人(もしくはそれ以上)殺される。この世界の”ルール”──どんな殺人者(あるいは怪異)がいて、どのような基準で人を殺すのか、どのように残忍な殺し方を、どれだけの規模でするのか──を説明する”チュートリアル”だからこの最初の一人は絶対だ。その後、映画の時間と主要登場人物の多さに概ね比例して死者数は増大していく。

なるほどホラー映画で人が死ぬのが避けられないとしたら、もし我々がいつのまにかホラー映画の世界に参加してしまっていたら、どのような行動をとったら生き延びられるのだろうか? と、タイトルでそれ以外の内容を推測するのも難しいだろうが本書『ホラー映画で殺されない方法』はそんな感じのホラー完全攻略本である。執筆者は『高邁と偏見とゾンビ』、『ヴァンパイアハンター・リンカーン』などの著作を持つ極度のぼんくらセス・グレアム=スミスだ。『イット “それ”が見えたら、終わり。』のプロデューサーまで務めていたのは本書を読んで初めて知った。

 今この瞬間から、これまでの常識は何ひとつ通用しない。あなたは人間ではなく、登場人物なのだ。フィルムメイカーたちはあなたを殺害するためならなんだってやる。それはすでに始まっている。超自然の力や呪いは実在するし、666や237といった数字はまさに肉切り包丁と同じで、あっさりとあなたを死に追いやる。ログキャビンは大量殺戮場と化し、トウモロコシ畑の茎は邪悪なものを呼び寄せるアンテナであり、宇宙人はけっして平和目的で地球に訪れはしない。

この手の本はたいていもう我々はホラー映画の中にいることが前提となって始まるがこの本の場合第1章「ようこそ《テラーヴァース》へ」で、我々はいかにして自分がホラー映画の中にいることを知るのか? と問いかけるところから始まっている。まずは周りをよくみる。そこが混雑した大広間なら安心だが、人里離れた森、廃墟、別荘にいたらとてつもなく危険だ。薄暗い? 装飾の感じは? 変な音が聞こえる? あなたが話しているのは日本語?『2000年代の映画のルールによれば、日本語を話す者は例外なくホラー映画の中にいる。ただし日本に住む日本人は例外だ。』

メタ的な解決方法

また、あなたは標準的ホラー映画に出てくる登場人物のステレオタイプに当てはまるようなら危険度は跳ね上がる。全部は紹介しないが、たとえば誰とでも寝るゴス少女、単音節のファーストネームを持つ好青年、オタク、愛嬌のある太った青年。開始20分で殺される黒人青年。開始24分で殺される黒人青年の恋人──そして、何はともあれホラー映画の中にいることがわかってしまったら、次は自分が出演している映画のジャンルを知らなければならない。敵を知り己を知れば百戦殆うからずだ。

もしあなたが若い女性で人里離れた家にひとりでいたら、サブジャンルはスラッシャー系だ。サマーキャンプであれば確実にスラッシャー映画。宇宙のかなたなら、『とても良質な異星人映画か、もしくは吐き気がするほどできの悪いスラッシャー映画シリーズのあとのほうの1本。』。西ヨーロッパならオオカミ人間映画で、東ヨーロッパならヴァンパイア映画だ。次に映画の予算を見極める。もしあなたが自由に場所を移動できるなら、セットを作るかロケーション代を払えるだけの予算がある証拠だ。

ほとんどのホラー映画は低予算で作成されているから、もしあなたが大邸宅、空港ターミナル、ショッピングモール、博物館、スポーツイベント、コンサート、法律事務所などに行けるようであればそこに飛び込むことでフィルムメイカーを予算的に追い込むことができるかもしれない。どこも許諾や使用交渉をするのが大変で、使う場合には莫大な金がかかるからだ。急にリップシンクを無視して好き勝手なセリフを喋り、イギリスっぽい英語で禁欲的なモノローグを語るなど、映画のジャンルをホラーから別のなにかに変えてしまうのもいい。襲撃者を相手に突然濃厚なキスをすれば、ジャンルはホラーからロマンスに変わるだろう。

非メタ的な解決方法

製作者を追い込むメタ的な解決方法ばかり先に挙げてしまったが、まっとうな(何がまっとうなのか知らんが)サバイバルガイドも無数に存在する。たとえばホラー映画7つの大罪なんかは有効な”やってはいけないことリスト”として機能するし(疑心、マッチョ、孤立、不細工(どうしようもねえだろ!)、好奇心、無責任、カーセックス)、ロッカーを使わない、オタクをいじめないなど実用的な手順、殺人鬼(スラッシャー)を5つのタイプに分けその識別法と撃退法を述べるなど至れり尽くせりだ。

その後も幽霊屋敷ケース、墓場スタートケース、自分がゾンビだったケース、スペース・ホラーだったケースとさまざまなホラー映画のサブジャンルにたいしてのケース・スタディなどなどをレクチャーしていってくれる。この本を読んだ経験は、我々が実際にホラー映画の中に取り込まれた時に役に立つのは当然だが、加えて古今東西さまざまなホラー映画の「お約束」ネタをこれ一冊で網羅できるおもしろさもある。

おわりに

巻末には生き延びるために参考にすべきとして古今東西の傑作ホラー映画リストが簡単な紹介と共に載せられている。さらに、『以下の5本の映画は、われわれにひとつの教訓を教えてくれる。すなわち、アイディアがどんなにくだらなくても、金を出して観たいと思う客が必ずいるものだ』「作らなくてもよかったホラー映画5選」として、『ジョーズ'87/復讐篇』、『ハウス・オブ・ザ・デッド』、『ハロウィンⅢ』、『フィアー・ドット・コム』、『LEPRECHAUN: BACK 2 THA HOOD』が挙げられているが、オマケのオマケなのに紹介の量が他の4倍近くあり憎悪の熱量が凄い。

イラストたっぷり、見出したっぷりでサラッと読めるだろう。