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連続殺人犯の記憶を植え付けられた少女──『忘られのリメメント』

忘られのリメメント

忘られのリメメント

三雲岳斗といえば世間的には『ストライク・ザ・ブラッド』や『ダンタリアンの書架』が有名だろうが、鮮やかなSFミステリィ『M.G.H.―楽園の鏡像』など少ないながらもSF系の著作もまた抜群の切れ味を誇っており、大好きなのである(SF要素自体は各ライトノベルシリーズにも投入されているんだけど)。本書はそんな三雲岳斗さんが《SFマガジン》で連載した作品をまとめた本格SFサスペンスだ。

他者の記憶を疑似体験できる擬憶素子(MEM)と呼ばれる技術がある世界で、「神の記憶」を求める連続殺人鬼を、死んだとされている伝説の殺人鬼の擬憶を植え付けられた女性シンガーが追うというシンプルなサスペンスだが、時間SF的な要素あり、連続殺人鬼の模倣犯に次ぐ模倣犯、明かされ続ける意外な要素、記憶を核として人類規模にまでスケールするアイディアなど、ネタも演出もてんこもりで最後の最後までどう転ぶかわからず、ドキドキしながら読み終えることができた。義憶物としては最初三秋縋『君の話』も早川から出たばっかで「ネタかぶってんじゃん! 大丈夫?」と勝手に心配していたけれども、読んで見れば方向性は全然違うので杞憂である。*1

簡単に紹介

物語の舞台は先に書いたように擬憶素子(MEM)がある未来だが、それはつまりMEMを生み出す製造業者も存在するということである。たとえば、中心人物となる宵野深菜は完全記憶能力者にして自身のライブなどの特別な記憶をMEM化している憶え手(メメンター)と呼ばれる職業だ。彼女のMEMは評判もよく売れていたようだが、ある日突然、擬憶体験(リメメント)技術の提供会社のCEOから呼び出され、残酷な殺害現場の擬憶体験が埋め込まれた脱法MEMの調査を依頼されることになる。

その擬憶体験はかつて同様の手口で殺人を繰り返し、世の中にMEMを広めた朝来野唯の模倣犯によって作られたものであること。また、深菜が当の朝来野によって、彼女の記憶をフル転写されていた過去があること。その事実によって、模倣犯の考えをトレースし真相にたどり着ける可能性が高いと判断されたのだ。通常擬憶体験は短期記憶に似て転写後消えてしまうものだが、完全記憶能力者である深菜にはそれが定着してしまう。完全記憶能力の負荷のせいか、幼少時に感情という感情を持たず、個人の人格を持たずバラバラだった深菜に対して人格の構築を目的として複数の記憶が転写されており、そのうちの一人(というか、その実験主導者)に朝来野唯がいたのだ。

無論、擬憶体験技術を提供している会社からしたら脱法MEMをばらまかれたらたまったもんではないわけだが、その裏にはさらなる秘密がある。実は朝来野唯は最近までリメメントの技術に、会社に匿われながら中心人物として関わっていたが、数ヶ月前に「神の記憶を見つけた」と言い残して失踪しており、会社は今回の模倣犯を捕まえることで彼女を探し出すことを望んでいるのだ。いったい、神の記憶とは何なのか。朝来野唯は何を目的として失踪したのか。模倣犯は何を目的として殺人を繰り返しているのか──わからないことだらけだが、読み進めるうちにバラバラのピースが編み上がるようにしてはまっていく過程には、ミステリィ的な快感がある。

おわりに

といったところで読みどころの紹介に移ろうと思ったのだけれども、どの部分もネタをバラさずには紹介できないので残念だけど深入りしないまま終わらせておこう。疑似体験を組み合わせることで理想の一人の人格を作り上げられるんじゃねという朝来野唯の思想の合わせ技がネタとしてばっちりキマっているし、こんな技術があれば必然的にこんなこともできるよね、こんなでかいこともできるよね、というロジカルなスケーリングも直球のSFらしく、最終盤のネタの鮮やかは最高に気持ちがいい。

”自分の物ではない記憶を疑似体験できる”という大本のアイディアが似通っているにも関わらず、創作と最高の幼馴染の話でまとめ上げた『君の話』と、擬憶体験にまつわるサスペンス&最高の記憶体験の追求の方にいった『忘られのリメメント』で、同じ題材のSFであってもここまで何もかも変わるんだなーと読み比べるおもしろさもあったので、二冊合わせてオススメしたいところだ。*2

君の話

君の話

*1:SFマガジン連載時には読んでなかったわけですね……

*2:早川ではないが機本伸司『LABS 先端脳科学研究所へようこそ』なんかも近いものがある