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VRのさまざまな活用事例について──『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』

VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学

VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学

期待と異なるところがある上に、邦題が内容とあってないなど微妙な点があるんだけれども、それはそれとしてVRをテーマにおいた心理学という目新しさはあるので紹介しておこう。VR研究の第一人者にして、スタンフォード大学の心理学者である著者が行っている心理実験や、現実の企業が教育などで応用しているVR技術の事例が紹介されていく本であって、へーこんなこともできる・やってるんだなあとぱらぱらめくっていく感じになる。ゲームの話は一部は出てくるが、それはメインではない。

VRについて説明しておくと、バーチャルリアリティの略である。一般的には椅子に座り頭に装着するディスプレイを使うゲームのイメージが強いだろうが、高所を歩くシミュレーションだったり、地震などの災害シミュレーションだったりでは現実に身体を揺らす装置や触感、浮遊感、歩き回ることもできるなど、現実での動作が組み合わされているケースも多い。体験してみるとそこが現実ではないとわかっていても高所にいると非常に怖いし足がすくむ。単なる3D映像を観ているのとは”経験”としての質がまったく異なり、そうであるが故にその価値、利用範囲も広いのだ。

著者はVRと心理学の研究者として無数の実験に関わっており、本書ではその内容が紹介されていく。たとえばフットボールのプロ選手が、練習の前後にHMDを装着して、練習中に自分の頭部に装着していた360度のカメラ映像を見返す。そうしたVRトレーニングを取り入れたことで、ビデオを観る、図で書かれた戦術を何度も読み返す、といった従来の練習場外での行為をとっていたときよりも大きく成績が向上したのだという。スポーツなのでどの訓練がどれだけの効果を上げたのか、その正確なところはわからないけれども、著者はVRトレーニングの会社を立ち上げ、NFLの6チームと契約を結ぶぐらいだから、監督や選手らはその効果を認めているようだ。

 パーマーは私にこう証言している。「練習を繰り返して経験を積む以外に上達する道はない。(VRトレーニングは)練習を繰り返すのに限りなく近い」。したがって、かつて(STRIVRのような没入型システムが登場する前に)エリクソンが次のように指摘していたのも驚くにはあたらない。すなわち、最高レベルのQBとは概して「映写室に誰よりも長くこもり、味方チームと敵チームのプレイを最も多く見て分析した人たちだ──」。今起きているのは、この映写室が没入型VR環境に変わりつつあるという動きである。VRなら狭い画面の枠内に切り取られた二次元映像よりも実際の練習場に近い経験ができるからだ。

スポーツの例を上げたが、VRとは実質的な現実を作り上げる技術であって、その応用範囲は現実と同じぐらい広い。たとえば、著者らの企業は小売業者であるウォルマートとも契約を結び、VR空間としてスーパーマーケットの店内を設定し、紙のマニュアルで覚えなければいけないことを実際に体験できるようにしたVR研修アプリを作ってもいる。同様の訓練はあらゆる業界に行き渡り、我々が現実でやらなければならないこと、体験してみたいこと、現実で行いたいけれど実際にはコスト面倫理面安全面などで不可能なことのすべては、今後VR上で可能になっていくだろう。

その再現度が十分に高くなれば、教育も観光もコミュニケーションも仕事の大半もVR上で完結するようになるだろう。それはもう実質的な現実なのだから。

心理学系の実験

現実のVRプロジェクトの話とは別に、心理学系のVR実験の紹介もおもしろい。

たとえば色盲になるVR体験をした人間はのちに想像しただけの被験者にくらべて二倍の時間を色覚異常者の支援に充てたとか、黒人のアバターを見に付けた白人の被験者は人種的偏見が減った、ホームレスのシミュレーションによりホームレスへの共感度合いが増した、などなど。ようはVRは”別のアバターを着る”ことが全く別の自分になる体験を巻き起こし、それによって本来なら想像しかできない相手の立場を深く体験し、親身になってしまうのだろう。ただ、全てのケースで共感が増すわけではなく、直接的な脅威を感じる対象に対しては共感の度合いは変化しなかったという。

VRはPTSDの治療にも試験的に用いられており、たとえば9.11をきっかけとしてダメージを受けた患者に対して、あの当時あの現場でニューヨークにて起こったことを再現するようなシミュレーションを作成して体験させたところ、当時の記憶が鮮明に浮かび上がってくることで治療効果があったという。トラウマと向き合わさせると逆に症状が悪化しかねないんじゃないのと素人は思うのだが、その後もイスラエルのバス爆破テロ、自動車事故、退役軍人の治療用VRなど幅広く作られ、利用されている例をみるに、事件当時の状況に繰り返し向き合うということが重要なんだろうな。

おわりに

これは本書で紹介されている事例のほんの一部だが、ずらずら並べていってもしょうがないのでこんなところでもう終わりにしよう。ちなみに邦題は『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』となっているが、著者自身が語るように脳をどう変えるかの(fMRIが基本は一歩も動かないことを前提としていて、動き回るVRとは相性が悪い)研究はまだまだ少なく、そこがメインの本ではない。原題は『EXPERIENCE ON DEMAND:WHAT VIRTUAL REALITY IS,HOW IT WORKS, AND WHAT IT CNAN DO』なのでミスリード的である。個人的にこれから30年でもっともおもしろい技術だと思っているので、もっといろんな研究・本が出るといいなあ。