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ゆりかごから宇宙へ『もしも宇宙に行くのなら──人間の未来のための思考実験』

もしも宇宙に行くのなら――人間の未来のための思考実験

もしも宇宙に行くのなら――人間の未来のための思考実験

人間はもう宇宙に行っているが、本書が扱うのはそのもっと先の話。月も火星も超えてもっと先へ。もっと広い場所へ「人類」が進出していく際に、そこで何が起こるのか。何を考慮する必要があるのか。どんな問題が起こり得るのか。そういった、人類が宇宙へ進出した未来のための思考実験をやってみましょうやという本である。

僕はSFが大好きなので、この手の思考実験は大好物である。類書としては宇宙における軍事問題、スペースデブリの処理、宇宙滞在者の健康管理問題や、人間はどのような理由でなら宇宙植民を行うだろうか? などなどの考察を行う稲葉振一郎『宇宙倫理学入門──人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?』もあるが(本書でも一部触れている)、本書では主に、次の5つの主題に沿って議論が展開していく。

宇宙に行くそもそもの動機を問う第一章「なぜ宇宙に行くのか?」、人体改変はどこまで許されるのかを問う第二章「宇宙で生きられる体をつくる?」、ロボット・人工知能の宇宙での関わり方を考える第三章「ロボット・人工知能の支援をどこまで受けるか?」、第二章よりも先鋭的に、人間を全く別の種のように作り変えることを考える第四章「宇宙で人間は人間を超えたものになる?」、エイリアンとのファースト・コンタクトを具体的に想定する第五章「エイリアンと出会ったらどうする?」

本書では、そうしたテーマを語る際に『攻殻機動隊』や『翠星のガルガンティア』や『楽園追放』、ヴァーリイの『へびつかい座ホットライン』まで、いくつものSF作品が参照されていくのも読みどころである。『地球は人類を育んでくれたゆりかごだが、ゆりかごに永遠に留まることはできないのではないか……。宇宙に進出する未来を想定して、そこから、いま私たちが置かれている地上の足下を問い直す。そんな思考実験をしてみませんか。宇宙好き、SF好きの人はもちろん、そういう世界を敬遠してきた「現実的」な人も、ぜひ、国際宇宙ステーションがよぎる夜空を眺めて一服する気持ちで、しばしおつきあいいただければ、うれしいです。』とは著者の弁。

宇宙は長らく一部のSF好きや一部の科学者らのものだったわけだが、今は民間企業が次々と宇宙ビジネスに参戦し、月旅行だ火星への人間派遣だといったことが目の前にもう存在している時代である。本書で想像されていく事態の数々はまだ現実のものとはなっていないが、しかしその到来は確信されるものばかりであり、本書で取り扱われる諸問題は今のうちに考えておいて損はない──というか、今のうちに考えて置かなければあっというまに目の前に現れて、決断を迫られることになりそうである。

ざっと紹介する

宇宙へ行く現実的な方法を考えることは地球という環境に存在している「常識」から逸脱することになるので、これまで当たり前とされてきたことを一つ一つ見直していく必要も出てくる。たとえば宇宙へ行くために人体を改変し、極端な話だがイカとかタコのような体に改変することは許されるのか。そうなりたいと望み、それを安全に叶えられる技術があるのならば他人がとやかくいうことではなさそうだが、生命倫理にはある行動が人間の尊厳を侵すのならば、それは許されないとする考え方もある。

たとえばクローン人間はそれ自体は他者の権利を侵害しないが、かけがえのない個人という人間の尊厳を崩すとして法的に禁止されている国が多い。では、人体の極端な改変は本当に人間の尊厳に反するのか。また、現状遺伝子に改変したものを産むのは優生思想的であるといったり、遺伝子改変をして強化・向上させることは格差の拡大に繋がる、いや本来不平等な能力を均質にするためむしろ平等が増すなど無数の議論があるけれども、本書ではその辺を細かく、丁寧に拾っていってくれる。

他にも、第三章では、一人の人間が大量のロボットに囲まれる社会では人間同士の関係性が疎遠になり、安全・安心な環境が築かれることで住み慣れた星を出ていく意欲を失われるというアシモフの未来史シリーズでロボット文明社会が崩れた理由などをひきながら、ロボットとの共生はどのようにすればいいかを考えてみたり、五章では宇宙のどこまでが「人類の領域」といっていいのか考えてみたりと、ほとんどサイエンス・フィクションを楽しむようにして読み進めることができるだろう。

おわりに

類書としては先に挙げた稲葉振一郎『宇宙倫理学入門──人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?』(2016)の他、未だ出会ったことのない、想像することもできない知性とどのようにすればコミュニケーションがとれるのかを論じた木村大治『見知らぬものと出会う: ファースト・コンタクトの相互行為論』もほぼ本書(もしも宇宙に〜)と同時期に出ているので、どちらもオススメ!
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

見知らぬものと出会う: ファースト・コンタクトの相互行為論

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