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中国の知的財産権の善と悪──『ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

ハードウェアハッカーというタイトルからハードウェアエンジニアリングの話なのだろうなぐらいの予想だけで予約していたのだが、実際に読んでみたらハードウェア量産の話から中国でのビジネスの進め方、中国の知的財産権の凄さ、さらには遺伝子ハッキングまで四冊ぐらい別々の分野(ただしすべてハードウェアの要素が関連する)の本が混ざってるんじゃないかと思うほど内容量が広く・深く、たまげてしまった。

もちろん内容は素晴らしいの一言。僕はソフトウェアエンジニアでハードウェアの方はまったくの無知で、強いハードウェアエンジニアな著者の書きっぷりにはまるで(知識的に)ついていけないところも多いのだが、それでも目の前で何かとんでもないことが行われていることは明らかで(だいたい、普通のハードウェアエンジニアは遺伝子にまで目を向けないだろう)「何か凄いことが目の前で起こっている」「そこで何が行われているのか知りたい」と強烈に興味を惹きつけ続けてくれる。

著者について

アメリカ生まれの著者アンドリュー“バニー"ファンは『Hacking the Xbox』が有名で、ようは昔からハードウェアをみたらそれを分解して中身がどうなっているのかを確認しなければ気が済まない天性のハッカーのようである。その他の経歴で本書と関連しているところでいうと、10年ほどまえにLinuxベースの置き物ガジェットであるChumbyを共同創業し、幾度も中国に通いながら製造体制について指揮を飛ばす。

その後は長い休暇をとりながらmicroSDカードなどさまざまなハードウェアをリバースエンジニアリングし、訴訟され、といった日々を過ごし、ソフトウェアのみならずハードウェアまでオープンソースなデスクトップパソコンNovenaを発表、電子工作について気軽に学べるChibitronicsの開発に携わるなどまあ基本オープンソースとハードウェア周りの領域で次々とその能力を発揮しており、多様な内容を誇る本書ではそうした道のりでどのような落とし穴、難しい点があったのかを実に楽しそうに描いていくことになる。個人的に驚いたのは、この”楽しそうに”描いていくところだ。

”楽しそうに”描いていく

たとえば本書の第一部では、著者がChumby量産のため中国深圳の工場に幾度も訪れていたときの経験が綴られていくわけだけれども、よく話題になるようになかなか中国で製造・調整するのは(商習慣が違うことなどもあって)外の人間からすると大変な面がある。特に時代も今より10年以上前の話だ。リモートで指示を出そうにも、細かな意図が伝わらないし、そもそも常識から異なるので理解されなかったりする。

著者ら開発陣は定期的に訪れて意図のズレを都度矯正する他、凄いのはバニーは中国工場での生産プロセスを監視するため、製品の検査結果をリモートで電子的にモニタリングする仕組みを作っていくことだ。『僕は組立ラインから出てくるすべてのデバイスをプログラムし、パーソナライズし、起動し、確認し、測定するテスター群を開発した。検査プロセスのすべてはログに溜まり、1日の終わりにアメリカのサーバーに送られる。』このデータを使って、工場で起こる問題、進捗の遅れをリモートでやりながらかなり正確にデバッグできるようになったという。

また、こうした自家製のチェック機構を備えているおかげで中国工場は意図的にサボったり問題を隠すことも難しく、工場は歩溜まり問題の費用を負担させられるから、設計エンジニアからのアドバイスを喜ぶようになるなど、関係が改善していく利点もある。その後具体的に中国でのハードウェア量産を行うためのHow toが描かれていくのだが、不良品や返品の処理を減らすために、工場用のテスト・プログラムを練り上げたり、中国が旧正月で長期休暇を挟む場合は未熟練労働者が入れ替わるから何度も確認し、問題ない問題ないと何度言われても念のために回路基板用の写真を送ってもらったり(やはり規定が守られていなかった)、とにかく現場の知見に溢れている。

そうした問題解決プロセスが、「どのように注意すべきか」という前向きな話に終始しており(裏で愚痴は大いに言っているだろうが)、あらゆる場面で作業が非効率化する箇所を改善しようとするので、著者は物体としてのハードウェアだけでなく人の流れや作業プロセス自体を改善していくこと自体が得意分野なのだろうなと思う。

中国の知的財産権における強さ

第二部は中国における知的財産権の話で、最初はいきなり知的財産権の話? と面食らったが、予想外にここはすごくおもしろかった。なんでもパクることで悪名高い中国だが、中国の(西洋からすると)ずさんな知的財産権に関するあり方が、この国のイノベーションを発展させてきたのだとする内容で、頷くところが多い。たとえば、西洋ではハードウェアやソフトウェアの多くのアイディアで特許がとられ守られているし、実際にそれには相応の理屈があるのだが、速度は致命的に遅くなる。

どちらのシステムも完璧ではないが、公开方式のほうが技術の進歩のスピードにうまく適応できている。2年ごとにマイクロチップの性能が上がって安くなるような時代だと、20年の特許期間は永遠のようなものだ。製品を市場に出すのに10年もかけるなんてありえない。最も速い中国の工場では、食事のナプキンに書いたスケッチを数日でプロトタイピングし、数週間で量産できる。長い特許期間は医薬品のような市場には適しているかもしれないが、急速に変化する市場ではライセンス交渉や特許申請に数万ドルの弁護士費用や数ヶ月の期間を費やしているとチャンスを逃がすことになる。

中国のイノベーターである山寨(と本書では呼称)は他者の製品をまるっとコピーして(コピーしないことももちろんある)まだ世に出ていない形に改変して世に送り出していく。山寨たちのコミュニティでは、新製品を出す際に、部品リストや設計図などのデザインドキュメント、既存の製品に基づいていた場合はどこを改変したのかも共有される。どうも、共有しないなどの不正行為をすると山寨のエコシステムから排除されるらしい。新たな機能を付け加えたりデザインを変更したiPhoneを勝手に売るのは西洋の理屈では完全に”悪”だが、中国では当たり前の行為であり、著者はそれを『中国でガラパゴス的に進化した「オープン」ソースの世界にようこそ。僕はそれを、英語のオープンの中国語である公开(GongKai)と呼んでいる』と語る。

えー、でもそれって、著作権者の利益を一方的に毀損する海賊版と何が違うの? と疑問が湧いてくるが、公开では著作権を持っているメーカーのチップを流用して電話機など新たなハードウェアと製造する知識ベースでの共有であり、それは著作権者のチップの販売を促進する、著作権者とコピー者の間に持ちつ持たれつの(西洋モデルとは違った)関係性があるとする。ちと強引なような気もするし、実際問題も多いのだが、そうした”悪”の部分についても本書では触れられていくのでご安心を。

おわりに

3分の1ほどしか紹介できなかったが、この後も遺伝子ハッキングからNovena開発秘話、自身の法的にスレスレなハッキング活動期など無茶苦茶に攻めた話が続くので、ぜひ読んで確かめてもらいたいところ。たとえば、PIC18F1320をハッキングするために、取り付けられたカバーを故障解析ラボに送って開封させ、中のシリコンダイを顕微鏡で確認するなどもう何がなんだかよくわからない。