
- 作者: 佐藤健太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2018/10/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「世界を動かした材料ってなんなのよ」と思いながら読み始め、一個一個は「ほんとにそれなの?」と思うようなものもあるのだが(コラーゲンとか)、実際にその章を読んでみると「ああ、これは確かに世界を動かしてますわ」と納得するしかない、というのを繰り返すことになった。本書では、まず金や陶磁器、鉄や紙(セルロース)など材料を取り上げ、それがどのように世界を変えたのか、またそれがなぜ可能だったのかを、歴史的な経緯や化学的な解説を交えながら紹介していく構成となっている。
ざっと内容を紹介する
たとえば第一章で取り上げていくのは「金」だ。まあ、これについては疑問に思うところもないだろう。なぜかはわからないが黄金に人は魅せられる。金の効力、世界を駆動してきた力とは”人々の欲望を喚起する”ことだ。金の興味深いところは、人がそれほどまでに渇望することに対して、金自身はたいして役に立たないというところにある。『実際、金を実用的な材料として用いようとした場合、良いところはほとんどない。比重が十九・三(鉄の約二・五倍)にも及ぶ上に、軟らかく傷つきやすいため、武器や工具などに使うには全く不適格だ。』無論、金貨などの形での使いみちはあるわけだが──と金が用いられた歴史が、一章ではこの後語られていくことになる。
一万年以上に渡って存在し、残り続けている材料である”陶磁器”や、情報の伝達速度を飛躍的に増幅させた”紙(セルロース)”、もっとも重要で人類史を幅広く塗り替えた、材料の王こそが”鉄”──だったりと、次々と材料が語られていくが、わりと身近な、最近発展した材料が”ゴム”である。たとえば、近代的なサッカーの誕生は1863年、ゴルフのブームは1880年代、野球でメジャーリーグがスタートしたのは1876年とこのあたりの時期に各種人気スポーツが爆発的に発展しているが、これは偶然などではなく良質のゴムがちょうどその時期に普及したことに関連している。
確かに、ボールがポンポンはねなければ野球もサッカーもあんまりおもしろくなさそうな気がする。実際、ゴム発展前の当初の野球は等級は下手投げのみで、打者が打ちやすいコースに投げねばならないなど、ゲームを成立させるための興ざめのルールがあったようだ。また、スポーツを発展させただけではなくゴムはタイヤにも用いられる。タイヤの存在しない世界など、ちょっと今となっては考えられないだろう。
忘れちゃいけないのがプラスチック。ペットボトルも、ビニール袋も、衣服も、椅子も、なんでもプラスチックで作られている(あるいは、作ることができる)。その席巻力、用途多様性は他に類がないほどだ。『歴史上、人類は多くの材料を開発し使いこなしてきたが、プラスチックほど多くの材料の持ち場を奪ってしまった材料は、他にないことだろう。』本書の良さのひとつは、そうしたプラスチックの好まれる特性(軽くて丈夫、低コストで量産でき、色の着脱も自由自在)が分子レベルでどのように構築されているのか──を実にわかりやすく解説していってくれるところにある。
他、取り上げられていくのはイノベーションを加速させてきた”磁石”、コンピュータ文明に欠かせない”シリコン”、軽い金属である”アルミニウム”などなど、それぞれまったく違った形でこの世界を大きく変えてきた素材たちだ。
おわりに
「素材」がもたらす変化には注目が集まっても、素材自体はあまり歴史の中でも注目されることがないので、本書には『炭素文明論』と同じく新たな視点を付け加えてもらることができた。新潮社の「Webでも考える人」で連載していた原稿を元にして作られた本なので、1章1章でまとまりがよくさっくりと読みやすいのもいい感じ。