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食を通して伝統・文化を知る──『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

本書は高野秀行さんの週刊文春での連載をまとめた一冊である。タイトル通りに、日本を含む世界中で、そこだからこそ味わえる”なにか”を食べに歩き回った日々が綴られたメシ・エッセイなわけだが、とにかく出てくるもの出てくるもの本当にヤバい。ゴリラ、ラクダ肉なんかはまだまだまともな方で、虫がそのまんまの姿でゴロっと雑に放り込まれている意味不明な虫サンドイッチ、人間の胎盤や、虫を(料理と勘違いして)生で喰う、ゴキブリを(間違えて)喰うなどという大チョンボも含み、「こんなもん食ってよくまだ生きてるよな……」と感嘆してしまう刺激的な内容である。

無論、最初から最後まで人がウッとたじろぐゲテモノ話だけじゃなく、凄い! これはヤバそうだけど普通に食べてみたい! と思える料理も数多くある。しかしたいていそれは日本ではないどこか遠くの国の、どうやっていくのかもわからん奥地の料理だったりして、ウゲー! 食べたくない! か、それとは逆にスゲー! でも食べれない! のどっちかが大半を占めるという、なんとも罪づくりな一冊なのである。

だが、とにかくおもしろいことは保証しよう。高野クォリティが発揮され、笑いっぱなしで同時に食を通したその土地の伝統・文化まで知ることができ、さらにはその食にたどり着くための苦労感動といったストーリー性まである、何もかも詰まったお得な本なのである。そもそもこの連載が始まる前から高野さんは世界中、それも辺境を飛び回りわけわからんものを食い続けていたわけだから、地力は飛び抜け、キャリアも独自の領域を開拓し続けているわけで、おもしろくないはずがないのであった。

というわけで以下、本書で高野さんがどのような物を食っているのか、どんなエピソードが描かれているのか少し紹介してみよう。

ざっと紹介する。

構成としては、時系列順に並んでいるのではなく大雑把にアフリカ篇、南アジア篇、東南アジア篇、日本篇、東アジア篇、中東・ヨーロッパ篇、南米篇にそれぞれわかれている。どこが特別ヤバイということもなく、どの地域にもそれぞれのヤバさ(料理だけの話ではなく、高野さんのエピソード的にも)。たとえばアフリカ篇で最初に語られるのは、コンゴ共和国のジャングルの奥地でゴリラを食った時の体験談。

ゴリラを食べるという発想がなかったのだが、コンゴの村ではゴリラを食べる習慣が昔からあったという。気になるお味は、とにかく固く、クジラ肉が筋張って固くなったような感じらしい。同じくチンパンジーも食べたようで、こちらは味自体はあっさりしていてコクも感じられるようだ。そのへんは普通に食レポやんなあと思いながら読んでいたのだが、『閉口したのは、体毛。一応解体の際に取り除いてあるのだが、仕事が雑なため、女性の髪そっくりの長く黒い毛が肉のあちこちにからみついている。私たちの舌や喉にもひっかかるので、しばしば口に指を突っ込んで毛をとらなければならない。野趣あふれすぎだ。』というあたりで大変にげんなりしてしまった。

だいたいなんでもありのこの本だが、昆虫食もけっこうな割合で含まれている。今更だがそういうのが苦手な人はまあ、読まないほうが懸命だろう。たとえば、タイは昆虫食では世界屈指の先進地域らしいが、その郊外にある店ではイタリアンのレストランで4,5年働いていたという凄腕のシェフが昆虫食を出している。その店での食事に関するエッセイで、バッタとアリの卵を挟んだサンドイッチの写真がはられているのだが……。完全にグロ画像で、ゴロッとバッタが大量にパンの中で踊っている(比喩表現であって、実際に踊ってはいない)ので、読んでいて悲鳴をあげそうになった。

基本はツナサラダに虫を混ぜているのだが、調理してあるはずの虫が妙に生々しい。しかも手に持つと、パンの間から、バッタが生きているように飛び出し、アリの卵が今、産み落とされたかのようにボロボロと皿にこぼれ落ちる。ビバ、生命! という感じ。アリたまのプチュプチュ感とバッタのカリカリ感を味わうしかない。

まあ、まさにこんな描写な感じの写真が出てくるのである。あと、東北タイにおたまじゃくしを食べにいった時に出てきた、田んぼで適当にとってきた虫をそのまんま鍋に放り込んでハーブと唐辛子を入れて水煮しただけの田んぼの恵み煮とか、頼むからもう少しなんとかしてくれと願いたくなる見た目をしている。ちなみにおたまじゃくしは骨が感じられず肉は柔らかくなかなか食べられるらしい。絶対食わんが。

うまそうな料理

無論、最初に書いたようにグロテスクな料理ばかりではない。たとえばネパールの世界遺産バクタプルの中にある居酒屋で水牛を食べた時のエッセイなんかはいい。水牛の肉を包丁で細かく刻んで、生姜、にんにく、クミン、卵を熱した油に入れ肉にかけて混ぜるなど、普通にうまそうな料理で実際酒が飲みたくなる旨さのようだ。

その後も水牛の脊髄、水牛の頭を丸ごと鍋に入れて煮た料理など、豪快でありながらこれもまたひじょうにうまそう。中でも、水牛の髄液胃袋包みカリカリ揚げは『こんなもの、食べていいのか?』と疑問に思うほど破滅的に濃い液体らしく、うまいのかどうかわからないが(シンプルな塩味で決してまずくないらしい)一度食べてみたい。

ぶっ飛びエピソード

珍味というか食に関するぶっ飛びエピソードも満載。カンボジアのピザ屋で「アーユーハッピー?」と聞いてくる店員に「イエス」と答えると大麻入のピザが出てくるというアホな噂話を聞きつけて実際に赴いた高野さんが、その通りのやりとりをして真っ黒なピザを食ってハッピーになる話とか(完全にアホ)、編集者に連れて行ってもらったパスタ店でゴキブリが入っていて、店にケチをつけても残しても編集氏に申し訳ないから無理やり食った話とか(その判断はない)常軌を逸しているのも魅力だ。

おわりに

ミャンマー奥地の少数民族、ワ族の村で冠婚葬祭のときの特殊な飲み方(巨大な壺でヒエ粒を発酵させ、そこに水を注いだ酒を、かならず二人で向かい合いながら乾杯を表す「ア」といいながら飲む)など、食の常識やら文化やらはその土地の伝統と密接に関わっていて、そうしたある種の「儀式」を乗り越えることで、現地の人に(完全にではないだろうが)認められていく過程も、本書ではいくつも描かれていく。

「食」が、単なる栄養を補給する、快感を得るための行為なだけではなく、人と人とのコミュニケーション手段であり、その共同体の歴史に触れる行為であることを、高野さんは一冊まるごと通して伝えてくれている。これは高野さんの本ではいつものことだが、単なる色物でただただおもしろいだけの本ではなく、より広い世界をまるごと体験させてくれる内容なのである。虫食の写真なんかが耐えられる人には、ぜひともおすすめしたい一冊だ。