基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

マジのアメリカ合衆国元大統領が書いたサイバー・サスペンス──『大統領失踪』

大統領失踪 上巻

大統領失踪 上巻

  • 作者: ビルクリントン,ジェイムズパタースン,越前敏弥,久野郁子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
大統領失踪 下巻

大統領失踪 下巻

  • 作者: ビルクリントン,ジェイムズパタースン,越前敏弥,久野郁子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本
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ビル・クリントンといえばアメリカ合衆国元大統領だが、そんな彼がベストセラー作家のジェイムズ・パタースンと組んで、エンタメ、それもガチのアメリカ合衆国大統領を主人公に書いたエンタメ小説がこの『大統領失踪』だ。その書名の通りに(原題:the president is missing)大統領が失踪しちゃう話なのだが、それは米国を悪夢的なサイバー攻撃から守ることと関連していて──と、側近の部下すらも信用できない状況下で英雄的な活動をするというあらすじの、大統領の願望充足的な話である。

正直言って、金も地位も名誉もアホほど手に入れた人間がなんで小説を書くのか理解できないので、話題先行のための名義貸しみたいなもんじゃないのぐらいに思っていたのだけれども、意外なことに(意外じゃないかもしれないが)情報が出揃わず未来が不確定な中で、政争をやりながら厳しい決断、議論が連続していく、「高度な政治判断をする場面」が主体のスリリングな内容で『シン・ゴジラ』を思い出すような読み心地であった。リアリティという言葉は好きではないから、”説得力”という言葉を使うが、大統領が決断をくださなければいけないひとつひとつの出来事、ロシアやドイツなど他国の重鎮との緊張感ある会話など、すべての面において説得力が凄い。

あと、主人公が明らかにビル・クリントンを模して、さらには恐らくは自身の理想を体現する人物に仕立て上げているところとか、これから先アメリカがどういう問題に対処していかなければいけないのかという本筋とあまり関係なく突然挟まれる長ったらしい演説とか、野暮ったい部分もけっこうあって、「あ、これちゃんと本人がかなり突っ込んで関与してるんだな(してなかったらそれはそれで凄いな)」と思わせる内容なのも”ビル・クリントンがマジで書いている”という説得力があってよかった。

と、全体としてはそんな感じなので、以下ではもう少し具体的に紹介してみよう。

ざっと紹介する。

主人公となるのは先に書いたようにアメリカ大統領の、ジョナサン・リンカーン・ダンカンという名の人物。物語は、そのダンカンが、下院特別調査委員会によってキツく問い詰められている場面からはじまる。なんでも、〈ジハードの息子たち〉と呼ばれるテロリスト組織のリーダを救うために彼が電話をかけたという疑惑が──事実なのだが──かけられており、それを問いただされているのだ。彼はなぜ、国際的なテロリストのリーダをかばうような真似をしたのか? 国を売るつもりなのか?

だが、その問いに対して、ダンカンは国家の安全に対する危機に直結するとして、決して答えようとしない。無論、通常時であればテロリストのリーダをかばう、それもそれを問い詰められて、大統領特権を出してまで黙秘するなど、そんなことはなされるはずはない。が、大統領にはそれをしなければならぬ理由があった。アメリカ合衆国に対する大規模なサイバー・テロ──米国の全プロバイダー宛に仕掛けられたウィルスによってあらゆるデータが消去されることで、インターネットの基盤の上に築き上げられたすべての仕組みが破綻する──の実施日が間近に迫っており、〈ジハードの息子たち〉のリーダはその攻撃を止めるために必要不可欠な人物だったからだ。

わたしはこのところ、国の安全を守るためにほぼすべての時間を費やしてきた。きびしい決断の連続だ。未知数の問題を数多く残したまま、決断しなくてはならないこともある。あるいは、選択肢のすべてが掛け値なしのクソということもある。それでも、いちばんマシなクソを選ばざるをえない。もちろん、自分が正しい決断をくだしたのかどうか、それがいい結果をもたらすのかどうかはわからない。だから、つねに最善を尽くすのみだ。そして、それを背負って生きていく

大統領は聴聞会で不毛なやりとりを続けた後、今回の危機への情報提供者のひとり+ウィルスの仕掛け人でもある凄腕のハッカーと面会しているところを何者かに襲撃され、側近の8人にしか伝えていない情報が漏れていることから周囲の人間を信用することも出来ずに居場所を秘すことで、「大統領失踪」することになる。その間も、ウィルスに対する対策を練りつつ、自身を蹴落とそうとする対立政党や副大統領との政争、ロシアへの牽制、ドイツなどNATO加盟国への「米国にもしものことがあった時のための協力要請」など、タフさが必要とされる交渉・議論が続々描写されていく。

おわりに

誰が本当の敵で、どんな事態がありえるのか、常に変動している世界情勢を読み切ることなど誰も出来ず、推測を重ねることしかできない中で、一番マシな決断をくださなければならない緊張感──失敗すれば、米国のみならず世界が一瞬で大混乱に陥って、さらにまかり間違えば核の応酬が始まりかねない──が、全編を通してみなぎっているのは純粋におもしろい。サイバー・テロ周りの具体的な描写、説明に関しては、正直いっておマヌケ感もあるのだけれども、一般向けのエンタメ小説なら多少馬鹿っぽくてもちゃんと説明しないといけないだろうし、まあこんなもんだろう。