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エリート層に対する痛烈な批判──『エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する』

エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する

エスタブリッシュメント 彼らはこうして富と権力を独占する

  • 作者: オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones,ブレイディみかこ,依田卓巳
  • 出版社/メーカー: 海と月社
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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イギリス社会で富裕層が自らの利益を守るため、下層階級を敵視する階級闘争が存在していることを語った『チャヴ 弱者を敵視する社会』のオーウェン・ジョーンズによる最新邦訳である。今回は弱者側ではなくエスタブリッシュメント側から、彼らがいかにしてイギリス社会に不平等を撒き散らしているのかを歴史的観点、警察、メディア、財界と政界との関わり──などいくつかの側面からみていくことになる。

著者のオーウェン・ジョーンズは言ってみれば(1984年生まれで、チャヴを出した時はまだ20代の若さだが)古典的で強烈な左翼で、エスタブリッシュメントが支配する社会への改革闘争という単純な状況へと問題を集約させ、労働者階級に対して支配者層に対する闘争を促すための強烈なアジテートに満ちていて、熱くはあるが個人的に好きな存在ではない。が、それはそれとして必要な論客の一人ではあるのだろう。ちなみに、エスタブリッシュメントとは著者の定義では、『成人のほぼ全員が選挙権を持つ民主制において、自分たちの地位を守らなければならない有力者の集団』。わかりづらいが、金や権力によって自分たちの利益を損なわれないように民主制度を管理し、自由主義と権威主義が合体した思想を共有している人たちぐらいの理解でいい。

エスタブリッシュメントはどのように富と権力を支配しているか

有力な政治家の多くが最終的に自分の専門分野の関連企業で役職に就き、その会社に利益をもたらしている。私企業の利益を後押しするという大義名分のもと、公共サービスの既得権益を握っているからだ。会社側は、これによって政治家や公務員の人脈や行政の知識、あるいは実務経験を活かして、権力に近づくことができる。

たとえば、政治の多くの局面で労働者の権利は軽んじられ、代わりに資本家の有利になるような政策が推し進められているという。2013年には不当解雇で上司を労働裁判所に訴える労働者に対して、審判費用が課されるようになった。これで、この種の訴えは数ヶ月で55パーセントも減少したという。保守党下院議員の4分の1は個人地主であり、貸借人を助けるよりも地主目線で行動する。相当な金をもらっているはずの議員が、業務に関係ない別荘などの修繕費を経費として申請し公金をかすめとる。

富裕層に対する税金をさらに高めようとするアンケート結果や、類似の主張をする人間が出るとエスタブリッシュメントは怒涛の反論をする。たとえば、100万ポンド(1億5000万円)を超える収入に新たなに75パーセントの課税をしようといえば、やれ大衆は自由市場経済に背を向け社会主義をまた受け入れるようになっている、悲しい結果に終わるだろうとか、減税は正しい方向に進んでいると私は確信しているなどなど。そら自分が100万ポンドの収入を超えているか、おこぼれに預かっている立場の場合、反対しない理由がないぐらいだからこうした状況になるのは当たり前っちゃ当たり前だが、問題はそうした反論がそのまま受け入れられてしまうことだ。

政府の要人たちは、市民の要求に従わないことに対して、自由市場のグローバリゼーションを持ち出す。なるほど富裕層への増税の機運は高まっているのかもしれないが、それはそれとして増税して富裕層が逃げちゃったら元も子もないよねと。労働者の権利の改善や最低賃金の引き上げについてもすべて同じ理屈で対処できる。『しかし、主流の政治家が現状を当たり前のように支持するのは、もちろん官僚の影響ではなく、イギリスの政治エリートの本来的な性質にもとづいてのことだ。この国の政治は特権階級だけのものになっている。』『つまり、これが現代イギリス政治の現実である。話は単純で、何百万というイギリス人の考えが反映されていないのだ。』

 イギリス政治は、イデオロギーにからめ取られて窒息しかけている。富裕層への減税、公的資産の売却、国家の縮小、社会保障費削減、労働組合叩き……これらすべてが、政策の主流として容赦なく推し進められる。この「中心地」からはずれるのは、選挙に当選できない者と過激論者だけだ。ごくわずかでも「党の方針からはずれた」と見なされた者、エスタブリッシュメントの思想から遠ざかったと見なされた者は、汚名を着せられ、中傷される。一方、このコンセンサスの支持者たちは、議論が長引けば長引くほど個人的な利益を得る。政治エリートと富裕層は別個の存在ではない──このふたつは、多くの部分で重複している。

で、この後は、メディアも実は政界とべっとり(あの巨大なBBCでさえもその例外ではない)でイギリスには報道の自由なんてありませんよーとか、大企業は政策で優遇されているうえに税制上も数多くの抜け道を用意・利用していて不当な税逃れが横行しているよーとか、完全にエスタブリッシュメントによって富と権力が独占されている様を描き出していくわけだけれども、その辺は読んで確認してもらいたい。

おわりに

絶望的な状況にみえるが、著者は政治が少数のエリートに基づく利益ではなく人々のニーズと希望のために統治されるようになって欲しいとして、社会変革のための具体的な提言も幾つか行っていく。豊富な資金を持つ労働組合に持って作られるシンクタンクによる新たな選択肢の提示。最低賃金を生活賃金のレベルまで引き上げ、国家への依存度を減らす。累進課税を推し進め、ドイツの企業で行われているような、企業内の選挙で労働者を選びその代表者を役員会に出席させる制度の導入などなど。

イギリスの問題を扱った本ではあるが、そもそも資本主義と民主主義に内在している弱点と密接に絡み合っていて、西欧や日本でも同様の状況が多々みられるだけに、参考になる面も多いだろう。